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【鋤田正義 meets 黒木渚】無限の解釈生む「絵画のよう」
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九州出身の音楽アーティスト、黒木渚さん(鋤田正義さん撮影) 鋤田(すきた)さんの写真は時々絵画みたいだなぁ、と思う。
鋤田さんに出会うまで、私は写真の世界とほとんど接点を持たないまま生きてきた。フォトグラファーという職業も私にとっては遠い存在だったし、カメラと聞いて思い浮かべるのは使い捨てカメラとか家庭用のデジカメだ。写真は私自身の身近な思い出を記録するためのものとして考えていたのだ。それらは「旅行」とか「進学」とか「祝いごと」の記録として撮影され、アルバムに収められる。これまで私が見てきた写真というものは、芸術作品としての写真ではなく、人生の記録としてのものなのだ。
鋤田さんと初めて出会った日、鋤田さんのこれまでをつづった自伝が発売された頃で私も一冊いただいた。フォトグラファーという職業について、鋤田正義という人物について、そしてその2つが密接に入り交じって築かれてきた彼の人生がそこには書かれていた。鋤田さんが過去に手がけた作品もたくさん紹介されていて、私はその一つ一つを鑑賞した。カメラや写真というものは、私が考えているよりもはるかに奥深い世界だった。
俄然(がぜん)、興味がわいてきた私は、その時期に開催されていた鋤田さんの写真展にもうかがった。引き伸ばされた写真がシンプルな壁に一定の間隔で展示されている。場所も被写体もさまざまな作品の数々。ゆっくりと会場を回りながら、沢山のことを考えた。私自身のバックグラウンドや、感じ方、単純な好みなど、いろんなことと反応しながら鋤田さんの作品が解釈されていく。もしかしたら鋤田さんが意図した内容とは違う方向に私が作品を理解している場合もあるかもしれない。それでも、今まで個人的な記録写真ばかりと接してきた私のような素人の心にも、鋤田さんの写真たちは大きな渦巻きを産み出してしまった。写真の概念は今までとは全く違うものに変わり、そしてそれは紛れもなく芸術なのだということを思い知った。
例えば、そびえ立つ自由の女神とその前に立ってピースサインをしている自分の写真を見て思うことと言えば、「ああ、あの旅行は楽しかった」「こんなことがあった」と、その写真が撮影された場所や時間をきっかけに呼び起こされる思い出ばかりだった。
だが、鋤田さんの作品を見ると、限定された思いに限らず、「女性らしさとは何だろう」とか「シンボルとは何か」といった普段の考えごととはスケールの違う疑問が次々と連想されてくる。だから、時々絵画を鑑賞しているような気分になる。
今回の写真が届いた時も、作品を見ながらそんな気分になった。マイクを持ち歌う私の前に丸い光。なんだか抽象画みたいだなと思った。奥からこちらを照らす照明は、まるで空中に漂う球体だ。私がマイクに向かって魂を吹き込んでいるようにも見えたし、私の目の前でビッグバンみたいな爆発が起きる瞬間を捉えたようにも見える。鑑賞する人の感性で、作品は無限の解釈をされる。だから、絵画みたいなんだと思う。(九州出身の音楽アーティスト 黒木渚/撮影:フォトグラファー 鋤田正義/SANKEI EXPRESS)