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【鋤田正義 meets 黒木渚】瞬間の記録を超えた意味
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瞬間の記録を超えた意味=2013年11月30日(鋤田正義さん撮影) 鋤田さんから今月(6月)の写真が届いた。毎回、レコーディングやライブの現場に通って撮影をしてくださる鋤田(すきた)さんから「今月の一枚」が送られてくるのを私は楽しみにしている。現場を見ていた肉眼の記憶と、レンズを通し四角く切り取られた風景とは全く違う。私と鋤田さんは、確かに同じ空間の中にいたのに、見ている景色はこんなにも違うのかと気付く。今回の作品には、特にそれを感じた。
この写真は東京キネマ倶楽部でのワンマンライブで撮られたものである。だが、会場や日時を特定できるものはほとんど写っていない。それでも、画面いっぱいに映る私の手とマイクを見れば、何もかも一瞬で分かる作品だと思った。それはこの作品がいつどこで撮られたかというような事務的な詳細ではなく、黒木渚という人物、それから鋤田正義という人物についての諸々がうかがいしれるという意味で。
手とマイク、それだけで十分私の説明になっている。マイクを握る2本の手を照らす青い光から、これがステージの上だということが分かる、そしてこの人物が音楽を、歌を糧に生きていることも。
私の手は正直自分で見てもひょろりと細く、あまり健康的とはいえない。小さい頃から痩せっぽち、スポーツなんかで活躍した思い出も皆無、いつも部屋に籠って本を読んだり絵を描いたり、空想の世界にふけってばかりいた。
歌と出会い、ステージに立つようになった私は、それまで小さな自分だけの空間で育んだものをマイクに乗せて増幅し、客席に向けて放出する快感を知った。小さなマイクに向けて私が吹き込んだものが、爆風になって前方へ放たれる感覚だ。だから私は握りしめる。細腕に渾身(こんしん)の力を込めて。決して離さないように、夢中でマイクをつかんで歌うのだ。
キネマ倶楽部でライブをしたあの日、鋤田さんは早朝から現場に来て写真を撮っていた。写真界の巨匠と呼ばれる人が、ライブがあるからとひょっこり鴬谷に来てしまうフットワークの軽さにもびっくりだが、驚くべきはその脚力である。まだ会場設営もでき上がっていない時間から、ライブの閉演まで、ずっと撮りっ放しなのだ。2階席から撮る、1階席から撮る、ステージ袖から撮る、客の先頭に立って撮る。何かに取りつかれたように会場中から写真を撮り続けた鋤田さんは、おそらく相当な枚数を撮影したはずだ。その膨大な写真の中から、今回の写真をチョイスしたところが、「写真家鋤田正義」らしいなと私は思う。
照明も構図もバッチリ、被写体もくっきり写っていて申し分ない写真は、きっとたくさんあったのだと思う。しかし、ライブの記録写真ではなく、この写真を送ってくださったことに鋤田さんの個性を感じる。ライブごとの記録や思い出ももちろん私にとっては貴重だ。同じライブは2度とない。けれど、今回の写真は「いつ、どこで、どんなライブをした」という瞬間の記録を超えた意味があるように思えたのだ。
いつでも、どこでも、どんなステージでも、マイクを握りしめて客席に爆風を送りつけてやる、という私の信念さえ写し出されている気がした。(音楽アーティスト 黒木渚/撮影:フォトグラファー 鋤田正義/SANKEI EXPRESS)
■鋤田正義 RETROSPECTIVE SOUND & VISION <会期>7月6日(日)まで。<会場>舞鶴赤れんがパーク5号棟。<住所>京都府舞鶴市字北吸1039の2。<入場料>一般300円(税込み)