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【鋤田正義 meets 黒木渚】光の魔法 私を染める「赤」
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九州出身の音楽アーティスト、黒木渚さん=2014年6月1日、東京都渋谷区(鋤田正義さん撮影) 鋤田(すきた)さんから送られてきた今月(7月)の写真を見て、私は息をのんだ。画面いっぱいの赤。その真ん中に立っている私も全身が赤く染まっている。
この写真は6月1日に渋谷公会堂で行った全国ワンマンツアー「革命がえし」のファイナルで撮影されたものだ。本番前のリハーサル中のワンシーン。
この日は、サウンドチェックと同時に照明のテストも行っていたのだが、赤い照明の中で鋤田さんが捉えた一枚だ。写真のあがりには誰もが驚いた。ステージ上の全てを赤く染め上げる照明の威力、金髪の頭から足の先まで私も赤に包まれている。この作品をキッカケに、色と光の影響力を改めて意識することにもなったのだ。
渋谷公会堂でのライブは、一カ月かけて回った全国ツアーの最終日ということもあって、ひときわ思い入れの強いものだった。言うまでもなく、私が目標として掲げている「2年以内に武道館ライブ」を達成するためには、渋谷公会堂ファイナルの成功が必須条件なのだ。ここでつまずいている場合ではない。「黒木渚」を作り上げるチーム全体の連帯感や集中力も全国を回るうちに高まり、最高の一晩を作るという思いで当日を迎えた。
そもそも、照明というものを意識し始めたのはいつ頃だっただろうか。私が福岡のライブハウスで弾き語りを始めたころは、まだその重要さに気付いていなかったと思う。
生活照明と舞台照明の決定的な差は、支配力だ。蛍光灯の光が私たちの生活で意識されるのは「明るい」か「暗い」のどちらかに傾いた時だけだ。それは便利か不便かという単純な問題であり、それ以外のときには蛍光灯は何一つ主張することなくひっそりと私たちの生活を照らしている。しかしステージの上となると話は違う。光と色は場面を変える力を持つ。鋤田さんの一枚のように、そこらぢゅうを赤に染め上げて非日常的な光景を作ることもできる。一筋のスポットライトは演者を閉じ込める密室になることもある。私は照明を操る人もまたアーティストなのだと思う。色や形や濃度を変えて楽曲を彩る作業は、それを操作する人間の感性に大きく左右されるからだ。演奏に触発されて照明が変わり、光の変化でまた演者が刺激され…を繰り返してライブは進行していく。
私は自分のライブを客席から見ることはできないが、歌とばっちりハマった照明を浴びている時、客席からの自分が見える気がする瞬間がある。それはサッカーのシュートが決まったようなガッツポーズに値する瞬間であり、私を鼓舞する無音の声援なのだ。
渋谷公会堂ファイナルのステージで特に印象に残った場面がある。それはエスパーという曲を歌っている時のこと。「深海へ、深海へ、深海へ」という歌詞があるのだが、これまではどの照明担当者もこの部分で青いライトを照らしてくれていた。深海のイメージから「青」を選ぶのは当然な気がするし、私自身も青い照明の中で歌うことに違和感はなかった。けれど、当日この部分で照らされたのはさまざまな色が織り混ざった複雑な光だったのだ。緑が濃い部分、青が濃い部分、暖色が見え隠れする部分、それらが重なって深く陰になった部分。
私は本当の海の底で歌った。はるか上の水面から、わずかな光が海の底へ届くのを感じて鳥肌が立った。「海=青」という単純なイメージではなく、深海の青を見事に表現していたと思う。目に見えるものや、常識だと思っていたものがすべてではないのだとステージの上で知らされたのだ。
演者の音や動きだけでなく、色や光も同じほど力を持っている。それらが相互に高めあっていけた時、最高の夜になるのだと思う。(九州出身の音楽アーティスト 黒木渚/撮影:フォトグラファー 鋤田正義/SANKEI EXPRESS)