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南スーダン 独立後も続く衝突 憎しみの連鎖が子供をむしばむ

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南スーダン 独立後も続く衝突 憎しみの連鎖が子供をむしばむ

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避難する途中で生まれた男の子を見守るお母さん。父親は殺された=2014年4月10日、南スーダン(ワールド・ビジョン・ジャパン撮影)  「安全で安心できるところなんてどこにもないわ!」

 今年5月、エチオピアの西の外れ、ガンベラにできたばかりの南スーダン難民キャンプで、女の子が発した言葉だ。

 彼女は、昨年(2013年)12月末以降に始まった南スーダンアッパーナイル州の戦闘から逃れ、家族とようやく難民キャンプにたどり着いたばかり。小さな弟妹を両脇に抱え守りつつも、疲れ切って遠くを見つめる目は不安そうだった。不安と絶望の中にいる彼女を見ながら、私は戦闘が始まる直前の南スーダンで出会った、笑顔にあふれた多くの子供たちを思い出した。笑顔が吹き飛び、彼女のような表情になっているかと思うと言葉につまった。

 昨年(2013年)末以降ガンベラには、戦闘が続く南スーダンから国境を越えて避難してくる難民が後を絶たない。その数、18万人以上。

 避難の道のりは過酷で、難民キャンプにたどり着く前に命を落とす人も大勢いる。1日1000人を超える人々が次々に国境付近に到着する。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の統計では、難民の72.6%が18歳以下、30%が5歳以下の子供だという。10%の子供に親がなく、また、2.3%の子供は、親だけではなく親類とも離れ離れになって難民として国境を越えている。

 子供たちは避難する途中で、両親や知り合いを戦闘で亡くしたり暴力を目撃するなどのショックや、空腹と疲労に苛(さいな)まれるストレスを経験している。慣れない難民キャンプでの生活で、心のよりどころとなるはずの家族さえおらず、さらなるストレスを感じる子供も多い。ストレスや心の傷を負った子供たちは、保護されなければ、暴力的になったり、犯罪に巻き込まれたりする可能性だってある。また、性的、社会的に搾取されるという危険にもさらされている。さらには、戦闘に巻き込まれる可能性もあり、武力による憎しみの連鎖に引き込まれていく子供たちがいることも事実だ。

 ≪学びの機会で希望を取り戻す≫

 南スーダンは、40年を越える内戦に終止符を打ち、2011年7月に独立を果たしたばかりの世界で最も若い国だ。避難していた人々が祖国に帰還し、ようやく新しい国家として歩みを開始したばかりだった。

 ワールド・ビジョン・ジャパン(WVJ)は、ジャパン・プラットフォームからの助成を得て2006年から、アッパーナイル州に帰還する人々を支援し、国の再建をサポートする活動を開始した。現地でともに働くスタッフの多くも家族を連れて隣国から戻った帰還民だ。

 アッパーナイル州は国の財源となる石油の産地であるため、南スーダン独立後も、スーダン政府(北)と国境線をめぐって衝突を繰り返している地域。昨年(2013年)12月の衝突以降、南スーダン政府軍と反政府軍との間で産油地の争奪戦が繰り広げられ、最も激しい地域となっている。

 6月に来日したトビー・ランザー国連南スーダン派遣団国連事務総長副代表はこう言う。「日本人が日本人としてワールドカップで自国チームを応援し熱くなるといったごく当たり前のことを、この若い国の国民は、まだ体験できていません。そのような大会に参加するチームを育成する環境がなく、大会に出場することもできず、自国チームを応援するチャンスさえない状態なのです」

 長期にわたる内戦で受けた心の傷は、国民国家としてのアイデンティティーが創出され、和平への願いと将来への希望のために結束していく過程で、整理されていく必要があった。南スーダンはその道のりを歩み始めたばかりだったが、昨年以降の政治闘争が、癒えつつあった心の傷を呼び覚まし、再び人々を戦闘へと駆り立ててしまった。

 南スーダンの一部の地域では、繰り返し停戦合意が結ばれつつも、今に至っても、戦闘が完全に収まってはいない。

 WVJは、この戦闘によって最も大きな犠牲となっている子供たちに支援を届ける。南スーダンの子供たちは、国連で採択された「子どもの権利条約」に明記される「生きる権利」「守られる権利」「育つ権利」が著しく剥奪されている。

 WVJは、子供たちが心の傷から回復し、平和について学び、生きていく技能を身に着けていけるよう、学ぶ機会と場所を提供する。

 子供たちが笑顔を取り戻し、将来への希望を持っていけるよう寄り添っていきたいと願っている。(文:ワールド・ビジョン・ジャパン 中村ゆき/撮影:ワールド・ビジョン・ジャパン/SANKEI EXPRESS

 ■なかむら・ゆき 大学卒業後、ODA(政府開発援助)関連業務を請け負うコンサルタント会社に約7年勤務。在職中の1997~99年、青年海外協力隊でタイに村落開発普及員として派遣される。2001年よりNGOに勤務し、緊急支援事業でエチオピア短期派遣後、村落開発コーディネーターとしてフィリピン駐在。一般企業勤務を経て、07年5月にワールド・ビジョン・ジャパン入団。現在、支援事業部緊急人道支援課のプログラム・オフィサー。

 ■ワールド・ビジョン・ジャパン キリスト教精神に基づいて開発援助、緊急人道支援、アドボカシー(市民社会や政府への働きかけ)を行う国際NGO。子供たちとその家族、そして彼らが暮らす地域社会とともに、貧困と不公正を克服する活動を行っている。www.worldvision.jp/

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