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もう一つの「アベノミクス効果」
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「プライムミニスター・アベ(安倍晋三首相)が今年、僕の国を訪問したんだよ」
ワシントンのタクシーの中で日本人だと明かすと、運転手はこう言ってうれしそうに笑った。聞くと、エチオピア出身だという。「有名なマラソン選手と名前が似ているんだよな」。首相が今年1月のエチオピア訪問の際、1964年東京五輪の男子マラソンで金メダルを取ったエチオピアのアベベ・ビキラ選手(1932~73年)の名を挙げ、「アベだから、学校で『アベベ』と呼ばれた」と冗談を言ったことも知っていた。
13年前に半年ほどワシントンに滞在したとき、不況下にあった日本のニュースが新聞に掲載されることは少なく、目を皿のようにして探して、ようやく経済指標を伝える小さな記事を見つけられればいい方だった。
それに比べると、経済政策を中心に、日本関連ニュースは格段に増えている。「ワシントンで日本の存在感が増しているのを実感する。日本に関心がなくても、アベノミクスを知らない人ははまずいないから」と複数の外交筋から聞いた。外交面での「アベノミクス効果」は確実に出てきているようだ。
日本にとってのこれからの課題は、集団的自衛権の行使容認に向けて、いわれなき批判の火の粉をどう払うかだ。
米国務省のマリー・ハーフ副報道官が5月16日、出張先のウィーンから電話を通して行った記者会見では、香港のフェニックステレビの記者が集団的自衛権の行使容認について「民主主義に反する安倍首相の行動に懸念はないか」「将来の憲法改正が心配ではないか」とただした。さらに、「米国は常に日本に対して近隣国との良好な関係を保つよう求めている。中韓は歴史問題に非常に敏感だが、日本はこの(行使容認)問題について自制する必要があるとみていないのか」とたたみかけた。
ハーフ氏はこの記者会見で、行使容認をめぐる議論を「歓迎し、支持する」と述べた上で、フェニックステレビの質問には「日本の議論の過程には透明性があり、外国政府にも説明している」と応じた。
日米外交筋は、バラク・オバマ米大統領(52)が集団的自衛権行使の検討に歓迎と支持を表明した4月の日米首脳会談に向けた調整の難しさを次のように明かした。「国務省や国防総省は中国の軍事力にさらされている日本の事情を分かっているが、ホワイトハウスと温度差があった」
ただ、米政府は実際の行使容認については、今のところ「立場を取らない」としている。首相の最終決定をどう評価するのかに留意しておく必要がある。
話はいきなり飛ぶが、今月(5月)6日、ホワイトハウスが一時封鎖される事態に陥った。1台のホンダ・シビックが規制区域に侵入したことが原因だった。
米政府の中枢にある意外な盲点が明らかになったことで、オバマ氏を警護する大統領警護隊(シークレットサービス)に重い課題を突き付けた。
事の顛末(てんまつ)はこうだ。米国の税務当局である内国歳入庁職員のマシュー・ゴールドスタイン氏(55)はワシントン市内を走行中に交通規制が分からないことでパニック状態に陥り急に右折。前を走る車の集団に付いていくことにしたが、不幸にもそれはオバマ大統領の2人の娘を乗せた車列だった。
車列の最後尾にぴったり付いていたため、規制区域への車の進入を防ぐ柱状のバリケードが上がる前に、入り込んでしまった。ゴールドスタイン氏はすぐに逮捕されたが、その後の調べで、単純なミスだったことが明らかになった。
ゴールドスタイン氏に悪意がなかったから事なきを得たものの、ここまで単純な手段で規制区域に入り込めるとは想像していなかった。ただ、集団的自衛権行使の反対論者には申し訳ないが、「不審者が侵入しても、テロに巻き込まれる恐れがあるからホワイトハウスの警備を強めてはいけません」という議論は聞こえてこない。
日本では東京新聞が首相の行使容認方針について「『戦地に国民』へ道」と書いたという。「自衛」という鍵をもう一つかけておくことが、なぜ一足飛びに「海外の戦場に国民を向かわせる」ことになるのだろうか。
日本でためにする議論が跋扈(ばっこ)して中韓の反日プロパガンダが勢いを増すことになれば、米国での「もう一つのアベノミクス効果」は台無しになりかねない。そんな危険性を常にわきまえておく必要がある。(ワシントン支局 加納宏幸/SANKEI EXPRESS)