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夏の全国高校野球 判断狂わせた甲子園の魔物
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背番号4。山根翔希の送球が一塁に向かった瞬間、市和歌山の敗退が決まった=2014年8月13日、兵庫県西宮市・甲子園球場(中島信生撮影) 甲子園球場には、さまざまな「物(もの)の怪(け)」が棲(す)む。勝利の女神が微笑むことがあれば、魔物がいたずらをすることもある。
夏の全国高校野球選手権1回戦。今大会初の延長戦となった鹿屋(かのや)中央(鹿児島)と市和歌山(和歌山)の熱戦は、まさかの幕切れとなった。
延長十二回裏1死一、三塁、鹿屋中央サヨナラのチャンス。市和歌山の内野陣はマウンドに集まった。半田監督の指示は「三塁走者がスタートを切れば本塁返球。動かなければ併殺を狙え」だった。三走がホームを踏めば、その瞬間に試合終了。3年生にとっては、高校野球との決別となる。
鹿屋中央の山本監督が三塁走者の太田に与えた指示は「ゴロGO」。打球が転がればすべてスタートという明快なものだった。投手赤尾のカーブを打席の米沢がフルスイング。バットはボールの上っ面をたたき、大きく弾んだ。
太田、GO。打球はセカンドの正面へ。市和歌山の二塁手は、3年生の山根翔希。161センチ、52キロの小兵ながら、守備の要。見事なグラブさばきで何度もチームを救ってきた。
湿ったグラウンドで2バウンド目が思ったより沈む。グラブが上から打球を追い、わずかに体勢が崩れた。ホームは間に合わないかもしれない。一塁走者はすでに自分の背中を通過し、前進守備からの反転では二塁送球も間に合わない。
名手ゆえの本能か、魔が差したか。体はホームに向かって前進を続けながら、体をひねって一塁へ投げた。だが、打者走者は試合の行方に関係しない。
ホームに滑り込んだ太田は自身がサヨナラの走者となったことに気づかなかった。一目散にホームを目指し、振り返れば一塁手がミットにボールを収めている。併殺が完成したのか。まさか二塁手が直接一塁に投げたとは思いもしない。駆け寄るチームメートの笑顔で、試合終了を知った。
山根は一塁へ投げた瞬間、自らの重大なミスに気づいたという。そのままグラウンドに崩れ落ちた。残酷な光景だった。
≪君のせいじゃない もう泣くな≫
ボールが手を離れた瞬間、市和歌山の二塁手、山根翔希は「あっ」と気づいたのだという。打者を打ち取っても、三塁走者がホームに帰ればサヨナラゲーム。そのままグラウンドに両手をつき泣き崩れた山根に、十二回まで1人で投げた主将の赤尾が声をかけた。
「しっかりあいさつしよう」
ようやく立ち上がり、整列に向かった山根だが、顔を上げることができない。鹿屋(かのや)中央の校歌が流れる間も涙は止まらず、両側の選手に支えられていた。
半田監督が「守備はピカイチ」と信頼する山根に、何が起きたのか。試合後、「僕のせいで…」を連発しながら、ようやく話してくれたのは、「バウンドが変わって捕り損ね、頭が真っ白になりパニックになってしまいました。知らない間にファーストに投げていた」。
「三塁走者が走ればバックホーム。動かなければ併殺狙い」のベンチの指示が複雑すぎたとの指摘もある。二者択一でなく本塁返球に集中させるべきだったのではないかと。だが、監督が山根をはじめとする内野の守備力を信頼しての指示だ。批判はできない。
捕手の田中は「ホーム」と叫んでいた。遊撃の西山は二塁ベースに入っていた。山根には本塁へ向かう三塁走者が見えていた。皆、やるべきことはやっていた。ただ、ほんの少しのイレギュラーバウンドと、4万6000大観衆の熱気が、名手の判断を一瞬、狂わせた。
山根は「歓声がすごかった。球場全体が敵のように向かってくるみたいに感じた。想定を超える場所でした」と話した。それが甲子園の魔物の正体なのだろう。
主将の山根は「あいつの守備に何度も助けられてきた。あいつで終わったなら仕方がない」と語った。
「甲子園の怖さを感じた」と話した半田監督も「山根はうちの守備の要。県大会では助けてもらった。最後はこうなったが、彼を褒めてやりたい」と語った。
誰も君のせいにはしていない。もう泣くな、山根選手。(EX編集長/撮影:中島信生、松永渉平/SANKEI EXPRESS)