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「細部を描くからこそ」の雰囲気 「思い出のマーニー」美術監督 種田陽平さん
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展示作品「きのこの森」の制作状況を確認する種田陽平さん=2014年6月30日、千葉県市川市(中尾由里子さん撮影)。(C)2014_GNDHDDTK 「ラーメン作りに例えたら麺を粉から練ることでしょうか」。映画美術監督の種田陽平さんは、スタジオジブリにおける仕事の作法をこう表現する。
世界の名だたる監督から信頼される種田さんが、ジブリとタッグを組んで、美術監督として全カットの背景美術を手がけた初のアニメーション映画が、公開中の「思い出のマーニー」だ。
この作品は長編映画からの引退を宣言した宮崎駿(はやお)監督(73)や高畑勲(たかはた・いさお)監督(78)が携わらないジブリ初の長編映画として注目を集める中、種田さんはジブリの生え抜きといえる米林宏昌(よねばやし・ひろまさ)監督(41)とともにジブリの心臓部であるスタジオで2年の歳月を費やして創り上げた。
コンピューターグラフィックス(CG)を使わずに手描きにこだわるということは、デジタルであれば一瞬にして完了する作業も、一筋縄ではいかなくなる。「電子レンジで簡単にチンして食べるのではなく、材料の選択からこだわって、すべて手作りで最後まで持っていく」。一見「反時代的」であるが、「だからこそ独特の絵画的な空間性や雰囲気が生まれる」という。
種田さんがアニメーションに参加したのは押井守(おしい・まもる)監督の「イノセンス」(2002年)に引き続き2作目だが、今回が自身初の美術監督作品となった。
実写映画における美術の役割は、実際に画面に映るものを作ったり用意したりすることだ。例えば、草原を馬が走るシーンを撮る場合は適切な場所を選びさえすれば、その後美術のすべき仕事はない。しかし、アニメーションにおける美術は背景全体を意図する必要があるという。さらに「ジブリは絵として描かなければならないので、結局ワンカットも手が抜けない」と話す。
≪映画の世界を引きずり出して≫
実写であれば抜きどころがわかり、メリハリをつけることができる。それで大体はうまく乗り切れるが「マーニー」では計1145カットと膨大な数に及んだため、強弱をつけることなく全カットに集中したという。「自分の気持ちをコントロールするのが大変でした」
それでも種田さんは一枚一枚の絵の中の光、物の質感、色、模様、人物との絡み方など、多岐にわたって追求し完成度を高めることに邁進(まいしん)した。
「どのカットを見ても、そこに自分がいるという感覚です。だからストーリーの本筋とは関係ないところで、自分の仕事を垣間見る瞬間があるとグッときます。こういう経験は実写だけやっているとなかなか得られませんし、アニメを経験できて本当によかった」と話す。
映画の世界を実写映画のセットのように創り上げた「思い出のマーニー×種田陽平展」(江戸東京博物館)においても種田さんは監修と美術監督を手掛けた。
「映画の中にあったものを現実の世界に引きずり出してくることには自信もありましたし、僕にしかできないのではないかと思っていました」
会場には背景画がアニメの世界を具現化した空間に飾られている。中でも「マーニー」が実在したのではないかと思わせる「マーニーの部屋」に置いてある日記は種田さんの作品づくりの神髄を見ることができる。
アニメの中に出てくる日記は人物と絡むため、通常は作画チームが担当するが、この小道具は作品の中で重要な意味を持つ。そこで、種田さんは作品のイメージに合うよう自らデザインを手がけ、実際にカバーを印刷して本に巻き、それを米林監督に見せたという。その手作りの日記帳をもとにアニメは描かれた。
その後展覧会用に日記を製本所で何十冊も印刷し、それにエイジング(汚すなどし、古いものに見せる美術手法)を施した。その中で一番イメージに近いものに、アニメの中の日記に文字を書き入れた人に同じ内容を書き込んでもらい、さらにエイジングを加えた。
一枚一枚の絵画が集積して創り上げられるジブリの世界。細部へのこだわりを追求する種田さんの手法が注入され、作品に「ファンタジー」が宿る。そして、いつの間にか人は彼の織りなす「魔法の輪」に取り込まれてしまうのだ。(写真・文:フォトグラファー 中尾由里子/SANKEI EXPRESS
■展覧会「思い出のマーニー×種田陽平展」 東京都墨田区横網1の4の1「江戸東京博物館」で9月15日まで開催。