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憧れた監督の作品でレッドカーペット 映画「ジミー、野を駆ける伝説」 バリー・ウォードさんインタビュー
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アイルランドの実力派俳優、バリー・ウォードさん=2014年12月10日、東京都中央区(蔵賢斗撮影) 舞台畑を歩んできたアイルランドの実力派俳優、バリー・ウォード(35)が憧れの英映画監督、ケン・ローチ(78)の作品「ジミー、野を駆ける伝説」(公開中)で映画初主演を果たした。本作は昨年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門にノミネートされたほか、ローチ監督の引退発言も相まって映画ファンの注目を集めた。「レッドカーペットを歩く僕は、迷い込んだ子ウサギのように、ただおどおどしていただけですよ」。映画界ではいかにも“新人”と自嘲気味にジョークを飛ばすウォードだが、本作で演じたのは故郷アイルランドに実在した名もなき英雄、ジミー・グラルトンという難しい役どころだ。
国の分断を招いた内戦が終結してから10年が経過した1932年のアイルランド。すでに米ニューヨークに移住し市民権を取得していたジミー・グラルトン(ウォード)は、10年ぶりに故郷リートリム州の地を踏んだ。もめ事の解決で抜群のリーダーシップを発揮し、かつては衆望を一身に集めたジミーだったが、今はただ、年老いた母親、アリス(アイリーン・ヘンリー)との穏やかな生活を大切にしたいと願っている。しかし、ジミーが以前「人々が集い、学び、踊る場所になれば」と建設した「ジミーのホール」の再開を求める若者たちの声が高まり…。
ウォードは並み居るライバルたちをどのように押しのけ、主役の座を勝ち取ったのだろう。「ローチ監督はグループオーディションの形式を採り、ディベートを開催しました。とにかくジミーは並外れた調整力を発揮した人物です。私の推測では、参加者たちのまとめ役を担った私の雰囲気が、ローチ監督が考えるジミーのイメージに似ていたようなんです。幸運にも、私とジミーの立ち位置が近かったことが合格に影響したのでしょう」。ウォードは控えめに語った。
役作りで心がけたのは、「アイルランドのチェ・ゲバラ」になることだ。チェ・ゲバラ(1928~67年)といえば、キューバでゲリラ活動を指導したアルゼンチン出身の革命家。「少ない史実から分かったことは、ジミーは反体制的な人物だったということ。実際に彼を『アイルランドのチェ・ゲバラ』と呼ぶ人もいたようです。僕個人は、ジミーに対し、政治の世界を活躍の場とするロックスターというような印象を持ちました。事実、ジミーはアメリカからレコードを持ち帰りました。まるでDJみたいじゃないですか」。自らもDJ経験を持つウォードは声を弾ませた。
演出に関するローチ監督の注文は実にシンプルなものだった。「僕(ウォード)は農村ではなく、大都市ダブリンの郊外で生まれました。幼少時代はやわな子供でしたよ。だからローチ監督は『手のひらにたこができるほど畑仕事に打ち込んでほしい』と言うんです。彼が僕に出した唯一の具体的な指示です。僕は自分の手のひらをごっつくすることに精力を注ぎました。撮影中はいつも指と爪の間に泥が入っているように準備しておきました。ジミーが(対立する)神父に『僕は学者ではない』と手を見せるシーンがあるので、ちょっと注目してみてください」
本作では、地域住民の日常生活の隅々に至るまで口を挟み、さらには国家と緊密に結びついて窮屈極まりない社会規範を構築していこうと躍起になるカトリック教会の姿が描かれている。アイルランド生まれのウォードに現在の様子を聞いてみると、「作品に描かれた時代から約80年もたちますが、依然として教会は社会全般に幅を利かしています。教会に取り入る政治家もいます。テレビ局は社会で起きた諸問題について判断するとき、結局は教会にお伺いをたててしまうことも見受けられます。国民は国家的な洗脳を受けているといえるかもしれません」。ただ、インターネット社会を迎え、人々の価値観が多様化してきたこともあり、ウォードは教会の“権力掌握”に疑問を投げかける人々が多くなったとも感じている。
「音楽とダンスをこよなく愛し、人生を楽しむ気質に富んだところはジミーと一緒ですね」とウォード。本作の出演を機会に多くの出演オファーが舞い込み、俳優人生も大いに楽しみたいところなのだが、一方で、本作を最後に引退宣言をしたローチ監督の動向が気になって仕方がない。「とても自分とは縁がないだろう」と考えていたカンヌ国際映画祭でレッドカーペットを歩かせてくれた人物だからなおさらのことだった。「彼は確かに『最後』と言っていました。でもさまざまな情報によると、引退を撤回したようです。小規模の映画とか、ドキュメンタリーとか、また撮らないかなあ…」。チャンスがあればまたローチ監督から薫陶を受けたいと願っている。(文:高橋天地(たかくに)/撮影:蔵賢斗/SANKEI EXPRESS)