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トリノの「聖骸布」めぐる旅 近代人の理解超えた古きもの

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トリノの「聖骸布」めぐる旅 近代人の理解超えた古きもの

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聖骸布は、聖ヨハネ大聖堂を入って左奥に安置されている。防弾、防水、防火処理の施された分厚いガラスで仕切られており、その前には人だかりができていた=2014年5月8日、イタリア・ピエモンテ州トリノ(小野淳一撮影)  昨年4月末、初めてパリに行った。パリでどうしても行かなければならない場所があった。ルーブル美術館だ。実は、まだモナリザを見たことがなかったのだ。

 ルーブルを訪ねた。歴史のある絵画や彫刻など教科書級のものが次々と現れてくると、最初の感動は少しずつ薄れていく。モナリザにたどりつくころには、ゲンナリとした感じになっていた。

 閉館時間が迫り、出口へと向かった。と、あのナポレオン広場にあるガラスのピラミッドに出た。そのとき、以前読んだ小説が脳裏をよぎった。ダン・ブラウンの「ダ・ヴィンチ・コード」。美術の話にイエス・キリストの聖杯の謎を絡ませ、息をもつかせぬ展開を繰り広げるミステリーのなかで、この美術館はキーとなる舞台の一つだった。

 聖杯とは、イエスが最後の晩餐(ばんさん)で使った杯。そんな物が残っているとされていることすら知らなかった。ほかにもイエスにまつわる品があり、それが聖遺物としてあがめられていることさえも…。

 信仰の力が衰えたせいだろうか。デカルトの「方法序説」ではないが、近代になり、人は疑うことを覚えてしまった。ゆえに、自分の理解を超えた、由来の不確かな古いものには、どこか「いかがわしさ」を感じるようになった。本物か否か。

 それを確かめるには、自分の目で見るしかない。取材旅行はフランスからイタリアへと続くことになっていた。5月初め、ある彫刻家をインタビューするためトリノに入った。

 ≪イエスの亡きがら包んだ? よりどころは心の中だけ≫

 トリノで宿泊したホテルのすぐそばに、イエスの遺骸をくるんだ布(聖骸布(せいがいふ))を収めている寺院があるという。

 矢もたてもたまらず、宿から歩いて5分もかからない聖ヨハネ大聖堂を訪れた。ひんやりした堂内に入って左側すぐのところに、カウンターがあった。絵はがきをはじめさまざまなグッズが売られている。そこで初めて聖骸布の外観を知った。写真を引き伸ばした大きなコピーが掲げられていたからだ。象牙色の布に、男の全身像がネガ状に写っているように見える。どうやら布の中心に頭を置き、縦に2つ折りにして亡きがらを包んだようだ。手は組んで下腹部に置かれている。そして肝心の顔を見ると、多くの絵画でわれわれが目にしてきた、あのひげをはやしたキリスト…。

 「実物を見ることはできないのですか?」と店のカウンターにいた女性に聞いてみた。しかし、彼女は2015年の「ミラノ国際博覧会」(5月1日~10月31日)のときには公開するが、それまでは公開されることはないという。ただ堂内に聖骸布が収められているのは確かだ。たどたどしい英語力で、もらったパンフレットを読みながら通路を歩んだ。

 布は縦4.42メートル×横1.13メートル。材質はリネンだ。体にはむち打たれた跡やいばらの冠をかぶせられた跡などがある。背中にも十字架を背負わされたような傷。手首や足にもくぎで打たれた跡が見てとれる。

 われわれが知っているイエスの最期、あのゴルゴタの丘に十字架を背負って歩み、磔になる姿をほうふつとさせる跡が、くっきりと残っているのだ。もちろん、これまでに科学的調査も行われてきた。1988年には、この布は13世紀ころのものだとされた。逆に今世紀に入ってからの調査では、それ以前のものであることが明らかになったとされている。

 堂内の左、奥まったところにある棺のなかに聖骸布は収められていた。シャッターを切った。「カシャ」という音が堂内に響いた。そのとき、胸にIDカードをぶらさげた男性がやってきて、ギロリとこっちをにらんだ。彼の目は怒っていた。まるで信仰などない僕という人間の心を見透かし、非難するように…。少し離れてもう一度写そうと思ったが、彼は僕を目で追っていた。最後は根負けしてしまい、その一角を離れた。

 実は、聖骸布の真贋など、もはや科学の力をもってしても断定できるはずはあるまいと思っている。つまり、永遠の謎…。

 きっと、よりどころがあるとすれば、見る者の心だけなのに違いない。いかがわしいと思えば偽物になり、ありがたいと思えば本物になる。ただ人型が写った古いリネンの布なのである。けれど、信仰する人がいる限りそれはいつまでも「聖骸布」として生き続けるのだろう。

 【ガイド】

 トリノの聖骸布(せいがいふ、サンタ・シンドネ)が4月19日(日)~6月24日(水)、公開される。詳しくは「イタリア政府観光局」「聖骸布」で検索を。

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