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マレーシア機撃墜 露が操る新たな「偽情報」
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昨年7月にウクライナ東部で起きたマレーシア機撃墜事件の原因究明作業が佳境を迎えている。航空史上に残る大惨事は、欧州、アジア、オセアニアの10カ国298人の乗員乗客全てが死亡し、欧米が対ロシア制裁の強化に踏み切る契機となった。調査は犠牲者の3分の2を占めたオランダを中心とした国際チームが進めている。
事件発生から間もなく1年となる中、ロシアの独立系新聞ノーバヤ・ガゼータが5月初旬、ロシアの軍事専門家が作成した報告書を報道した。8ページにわたって大々的に特集が組まれ、マレーシア機は、露製地対空ミサイルシステム「ブク」により撃墜されたと結論づけている。
ブクは標的の近くで爆発し、散弾銃のように小さな「弾丸」を周囲に飛び散らせて、機体にたくさんの小さな穴を開ける。そうして標的を飛行不能に陥らせて、撃ち落すのだ。
紙面には墜落現場から入手した多くの残骸写真が添付され、コックピット部分にある無数の「弾丸」の穴がブク説を裏付ける。綿密な分析により、ミサイルが旅客機の左斜め前方で爆発したことを示すイラストや、どこから発射されたのかを推察する地図まで掲載されている。
さまざまな謀略が入り乱れる事件の真相に近づくこの暴露記事はセンセーショナルなものとなり、世界のメディアに次々と引用、転電された。
しかし、「ブク撃墜説」は目新しいものではない。そもそも事件発生から2時間を待たずして、ウクライナのポロシェンコ政権が訴えていた。北大西洋条約機構(NATO)や米国も独自の情報源を基に、ロシア側が高度1万メートルを飛行する物体を撃ち落とすことができる高性能ミサイルをウクライナ東部の親露派武装勢力に供与し、彼らが撃墜した-などと主張している。
なぜ、ノーバヤ・ガゼータの記事が注目されたのか。それは、官製メディアが大半のロシア国内では数少ないプーチン政権批判の急先鋒(せんぽう)でありながら、紙面に記された報告書は政権側の息がかかった中枢の軍事筋が作成したとみられるからだ。
報告書の作成者についてノーバヤ・ガゼータは、「ブクなどの地対空ミサイルを開発する、機密性の高い企業で働く人物を含む複数の軍事専門家」としている。
プーチン政権はレーダー情報などから、マレーシア機は近くを飛行していたウクライナ軍の戦闘機に撃墜された疑いがあることを強調してきた。このため、米誌ニューズウィーク(電子版)などの欧米メディアは、「ウクライナ軍戦闘機による犯行という(ロシア側の)説が、虚偽であることを暴露する報告書」などと報じている。
しかしこの報告書は、「誰が撃ったのか」という点で欧米側の主張とは決定的に異なる。ミサイルが発射された場所はウクライナ軍の支配下にあったとし、「ウクライナ軍が保有していたブク」が“犯人”であることをにおわせているのだ。
英BBC放送(電子版)はこの点に着目し、ロシア人軍事アナリストの証言として、ロシアからウクライナに責任を転嫁させるための「故意の偽情報を流す策略」だと報道。別の航空専門家も信憑(しんぴょう)性は疑わしく、真実を隠そうとするプーチン政権の情報戦略が「以前より手が込んで、もっともらしくなっている」と指摘する。
ノーバヤ・ガゼータの副編集長にインタビューしたBBCによると、編集サイドでも報告書の作成者の名前は把握しておらず、匿名を条件に入手したという。非公開なはずの機体の残骸写真までふまえたその内容の深さから公益性が高いと判断し、報道に踏み切った。ノーバヤ・ガゼータはオランダの調査チームにもこの報告書を提出したという。
最終報告書が発表されるのは今年秋。今後も、真相をめぐる論議が熱を帯びそうだ。(国際アナリスト EX/SANKEI EXPRESS)