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核使用のハードル下げたプーチン氏
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首都モスクワで開かれた経済関係の会合に姿を見せたウラジーミル・プーチン露大統領=2015年3月19日、ロシア(ロイター)
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領(62)が1年前のウクライナ・クリミア半島併合をめぐり、核戦力を臨戦態勢に置く可能性があったと発言して諸外国に衝撃を与えた。ロシアの「勢力圏」に米欧が介入した場合には核で対峙(たいじ)することも辞さない-との恫喝(どうかつ)である。第3次プーチン政権は核兵器を中軸とした軍拡路線をひた走っており、その姿勢が世界の核軍縮・不拡散に与える悪影響も看過できない。
プーチン氏の発言は、クリミア併合1周年を前にした15日夜、ロシア国営テレビが放映した特番「クリミア-祖国への道」のインタビュー部分で現れた。番組は昨年2月、ウクライナの首都キエフで親ロシア派政権が崩壊した政変を「民族主義者のクーデター」とし、クリミア併合は「ロシア系住民の保護」のために不可避だったとの政権の主張を宣伝する内容だ。
併合の過程で北大西洋条約機構(NATO)が軍事的圧力を強めたとされる文脈で、プーチン氏は「初期の段階ではあらゆる事態に備え、軍事力に重きを置く必要があった」と発言。質問者が「核戦力を臨戦態勢に置いたということか」とたたみかけたのに対し、プーチン氏は「それをやる用意はあった」と答えた。
発言は「その覚悟はあったが、実際には必要なかった」という意の反語的表現である。また、ロシアの戦略核部隊は常に臨戦態勢に置かれているとされるため、発言の純軍事的な意味合いは乏しいとみられている。
プーチン氏の真意を読み解く鍵は、問題の箇所に続く言葉にある。「私は(米欧の)同僚に率直に話した…あなた方はどこにいる。何千キロも離れた所か。われわれはここにおり、これはわれわれの土地だ。あなた方は何のために戦うのだ。われわれには(何のために戦うかが)分かっており、その用意がある。誰も世界的な紛争は望まないと思う」
ウクライナをめぐる「ロシアの国益」は絶対に守る、との明白なメッセージである。「何千キロも離れた所」の国が「ロシアの土地」に介入すれば、世界的な戦争になるとも述べている。世界を「勢力圏」「利益圏」というブロック単位でとらえる、プーチン氏特有の帝国主義思考にほかならない。
第3次プーチン政権は2020年までの長期的な軍備刷新計画を打ち出し、軍事支出を急増させている。昨年の軍事予算が前年比17%増だったのに続き、今年は33%増で国内総生産(GDP)の4%を超える見通しだ。
この軍拡路線の中で、ロシアは核兵器を戦力の「絶対的な中核」と位置づけている。ソ連崩壊後、通常戦力でNATOに大幅な後れを取り、核兵器でしか戦力格差を埋められないためだ。米国が、高度通常兵器で世界各所の短時間攻撃を可能にする「グローバル・ストライク」構想を掲げ、「極超音速兵器」(AHW)の開発に力を入れている状況ではなおさらだ。
ロシアは特に、局地戦での使用を想定した「戦術核」を、通常兵器に代わるものと考えている。戦略核は米国との新戦略兵器削減条約(新START)で保有上限や査察方法が取り決められているが、戦術核については保有数や配備実態がきわめて不透明なのが実態だ。
ロシアの軍事ドクトリンは、(1)大量破壊兵器による侵略があった場合(2)通常兵器による大規模攻撃で国家の存立が脅かされた場合-に核兵器の使用を辞さないと定めている。今回のプーチン氏の発言は、核使用条件のハードルを大幅に引き下げる意味合いをも持つ。
ソ連崩壊に伴って独立したウクライナは、1994年のブダペスト覚書で、国内の核兵器放棄と引き換えに米英露から安全を保障されるとの約束を得た。この国際合意を平然と無視するプーチン政権の姿勢は、領土保全には核兵器が必要だとのシグナルを一部の国に与えかねない。
クリミア併合以降のロシアは米欧との溝を深め、まさに核開発を進める北朝鮮やイランとの接近路線を強めている。ロシアは従来、「核拡散は認めない」との立場を堅持してきたが、この基本姿勢にも変化が生じるとなれば、世界の安全保障の構図に激震をもたらすことになる。(モスクワ支局 遠藤良介(えんどう・りょうすけ)/SANKEI EXPRESS)