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兄弟国家を分断する「欧州の堡塁」
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ウクライナ東部ハリコフ郊外の対ロシア国境で建設が進められている対戦車壕の「欧州の堡塁(ほうるい)」=2015年4月18日(遠藤良介撮影)
ウクライナの親欧米派、ペトロ・ポロシェンコ政権が、ロシアとの国境線沿いに「壁」を築き始めている。名付けて「欧州の堡塁(ほうるい)」。1989年の「ベルリンの壁」崩壊から四半世紀を経て、欧州には再び東西の分断線が現れつつある。
ウクライナ東部の最大都市、ハリコフから約40キロの対ロシア国境。戦車の進行を妨げる「壕」を国境線に沿って掘り、さらに監視カメラやセンサーを備えたフェンスを設置する工事が本格化していた。
「『ある国』からの攻撃は、ここでもあり得る」。ウクライナ国境警備隊ハリコフ州隊長のアレクサンドル・クルーグ氏(37)はこう語り、「軍事的には侵攻を一時的に止める効果しかないかもしれない。それでも、こちらには対応する時間が生まれる」と説明した。
兄弟国家とも呼ばれた両国を分断する「壁」の建設は、ウクライナ東部ドネツク、ルガンスク両州の紛争で、ロシアが親露派武装勢力を支援したのを受けた措置だ。向こう3年をかけ、政府が掌握する国境の全体に対戦車壕を張り巡らせる。
発端は2014年2月、ウクライナの首都キエフで親露派のビクトル・ヤヌコビッチ政権(当時)が転覆した政変だった。その前年の11月、ヤヌコビッチ政権が欧州連合(EU)との自由貿易協定(FTA)締結を見送ったことに抗議する大規模デモが政権を追いやった。
「自国の将来は、ロシアでなく自分たちで決める」「ウクライナは欧州の一員となるべきだ」。キエフのデモに参加した人々は、汚職への怒りなどとともに、こんな言葉を口にした。
これに反発したのが、ロシア系住民が多数派の南部クリミア半島や、死者6000人超を出す紛争になった東部2州だった。ロシアは昨年3月にクリミア半島の併合を宣言し、東部2州の親露派勢力を焚きつけた。
ただ、東部ドネツクの政治学者、セルゲイ・チェピク氏(48)は「戦闘に参加した多くが地元民である現実も直視すべきだ」とし、ロシアの介入には住民の意識という素地があったと指摘する。「この紛争はウクライナ東部と西部の『文明の衝突』にほかならない」。
歴史的にポーランド領だった時期が長いウクライナ西部は主にウクライナ語を話し、欧州への帰属意識が強い。他方、17世紀にロシア帝国領となった東部ではロシア語が主要言語で、ロシアへの親近感が勝る。
第二次大戦期に対ソ連パルチザン闘争を指導したステパン・バンデラ(1909~59年)を、西部ではウクライナ独立運動の闘士と見る。東部住民の多くは、バンデラをナチス・ドイツに協力した「ファシスト」と称し、「欧州との統合など必要ない、理解できない」という。
「ロシア世界」を守護する-。クリミア併合以降のウラジーミル・プーチン露政権はこんな論理を持ち出し、国内での熱狂的な支持を得た。
「『ロシア世界』は、ロシア語やロシア・ソ連文化を共有する人々や領域を指す概念だ。ウクライナ介入を正当化するために使われた」。モスクワ国際関係大のワレリー・ソロベイ教授(55)はこう指摘し、政権の意図を次のように解説する。
〈ソ連崩壊後のロシアは、欧州連合(EU)や北大西洋条約機構(NATO)の「東方拡大」に強い反感を抱き、「譲れない一線」を設定しては破られた。ウクライナがロシアの絶対的な「勢力圏」であり、欧米が物事を決める場所でないことを行動で示す必要があった〉
「ロシア世界」の再構築を目指すプーチン政権の姿勢は、親露的な近隣諸国すらも震え上がらせた。この概念自体が旧ソ連の広範な地域に当てはまるためだ。ロシア系住民を多く抱える近隣国では、ウクライナと同様に、ロシアが「同胞の保護」を口実に介入してくるのではないかとの懸念が特に強い。
「欧州の堡塁」は、「ロシア世界」の拡張を食い止めようというポロシェンコ政権の意思の表れだ。ただ、「ロシア世界」の境界線は現在の国境と一致するだろうか。
ハリコフで出会った運転手、アレクサンドルさん(33)は「欧州の堡塁」を「何の意味もない」と切り捨て、「ハリコフでは親欧派と親露派が五分五分だったが、紛争を経た今は親欧派だった人々も首都キエフに幻滅し始めている」と話した。(モスクワ支局 遠藤良介(えんどう・りょうすけ)/SANKEI EXPRESS)