なぜカズは今もサッカーが楽しいのか 「幸せ基準の哲学」から考えてみた (2/5ページ)

群馬戦の前半、自身の持つ最年長得点記録を更新する先制ゴールを決め、喜ぶ横浜Cの三浦知良(中央)=2017年03月12日、ニッパツ(写真=時事通信フォト)
群馬戦の前半、自身の持つ最年長得点記録を更新する先制ゴールを決め、喜ぶ横浜Cの三浦知良(中央)=2017年03月12日、ニッパツ(写真=時事通信フォト)【拡大】

 まず(1)の功利主義というのは、「最大多数の最大幸福」のスローガンで知られる思想で、いわば効用の最大化こそが幸福であるとするものです。イギリスの思想家ベンサムが掲げたものです。彼は快楽と苦痛を比較して、快楽が多くなるように考えるべきだとしました。これは快楽計算と呼ばれるものです。

 この基準に従えば、幸せは簡単に計算できます。快楽や効用が最大になるようにすればいいだけですから。経済的豊かさだけを追い求めていた一昔前の日本は、この基準を採用していたといっていいでしょう。

 次に(2)の快楽主義です。これはヘレニズム期の哲学者エピクロスが唱えたもので、快楽を満たした後の心の落ち着いた状態を快楽ととらえるものです。快楽主義の名前が誤解を与えているのですが、必ずしも酒池肉林を意味するわけではありません。そうではなくて、あくまで心身を満たすことに重点を置いているのです。

 したがって、この基準に従うと、お腹が満たされない限り幸福にはなれないということになります。ただし、食べ過ぎては逆に不幸になるということです。

 ストイックな人は幸せなのか

 (3)のタオの思想というのは、中国の思想家老子が唱えたものです。タオとは、宇宙の原理を表す「道」のことです。この原理に従っていれば、幸福になれると考えます。中でも「足るを知る」という言葉が象徴的です。同じく心の平穏を指すわけですが、快楽主義とは異なり、今あるものに目を向けて満足せよと説くわけです。

 この基準によれば、今あるものに目を向けさえすれば幸せを感じることができるということになります。

我慢によって心を落ち着かせる「禁欲主義」