高度経済成長の波に乗って拡大路線をひた走り、昭和54年(1979年)には売上高531億円をあげ外食産業日本一の規模に輝くと、昭和62年(1987年)には、なんと全国で2300店舗を展開した。
この数字がいかにすごいかは、平成日本の寿司チェーンの規模を見ていただければ分かる。回転寿司業界店舗数1位のスシローは全国で518店舗(2019年4月現在)、京樽もホームページで店舗数を検索したら168店舗。当の小僧寿しでさえも、ホームページで店舗検索をすると、201店舗だ。
信じられない「拡大路線」
なぜ2300店舗という現在では信じられない「拡大路線」が取れたのか。寿司を売る場所がそんなになかったのか。30年前の日本人は寿司を今よりもっとバカバカ食べたのか。
そうではない。全国を小僧寿しで塗りつぶすくらいの勢いで展開をするのが、昭和のビジネスモデルとしては当たり前だったのだ。分かりやすいのが、持ち帰り寿司とほぼ同じ時期に全国展開がスタートしたコンビニと宅急便である。
小僧寿しが100店舗を達成した翌年の1974年、セブン-イレブンが東京・江東区に一号店を出した。その後、急速に全国へ広がっていくのはご存じの通りだ。1976年には大和運輸(現・ヤマト運輸)が「宅急便」のサービスをスタートする。関東の企業向け輸送をしていた同社が始めたこの画期的サービスは瞬く間に広がり、日本全国に配送網が張り巡らされていった。
このような昭和のビジネスモデルによって、小僧寿しは成功を収めた。そのため、時代が平成となり人口減少社会となってからも、「右肩上がり幻想」を引きずっていた可能性があるのだ。