一般の旅行者の方が、現地にお金を落としてくれる
【カー】アメリカ人ジャーナリストのエリザベス・ベッカーが著した『Overbooked : The Exploding Business of Travel and Tourism』(Simon & Schuster)という本に、大手クルーズ会社のビジネスの仕組みが詳しく描写されています。
著者はこの本で、クルーズ船観光のメッカであるベリーズ(西カリブ海)の観光局が行った調査をもとに、クルーズ船の乗客一人が使うお金と、一般の旅行者が使うお金の内訳を調べています。紙の上での計算では、クルーズ船の乗客が1日に消費する金額は100ドル。一方で、一般の旅行者は96ドル。しかしクルーズ船乗客の場合は、100ドルのうちの56%がクルーズ船に還流します。つまり、寄港地には44ドルしか落ちていません。
対して、一般の旅行者の場合は、現地に数日間滞在するので、宿泊代などを入れると、最終的に653ドルを現地で使います。一度に大量の乗客を送り込んでくる大型クルーズ船が、寄港地にとって、すばらしい消費喚起になるかといえば、実態はそうでもないのです。
ヴェネツィアもアムステルダムも規制を始めた
【清野】その実態は、ヴェネツィアでも問題視されましたね。
【カー】ヴェネツィアでも一時、大型クルーズ船の寄港による観光過剰が起こりました。そこで、ヴェネツィア市が計算したところ、水、光熱インフラをはじめ、市がクルーズ船に与える公共的サービスのコストの方が、寄港から得られるお金より上回っていることが分かりました。同市では14年から大型クルーズ船の就航を厳しく規制しています。
【清野】ヴェネツィアだけではありません。『観光亡国論』にも書いたように、アムステルダムでも大型クルーズ船の寄港地を、旧市街から郊外に移して、市街地への悪影響を抑えるようにしています。古い町や小さな町に、一度に数千人の観光客が降りたつことは、経済が活性化するどころではなく、脅威なんですね。
【カー】ヴェネツィア市では、19年7月から市に上陸するすべての人に「訪問税」を課すことを決定しています。それまでクルーズ船は宿泊税をまぬかれてきましたが、今後は世界で「訪問税」「入島税」のような形が広がっていくでしょう。
「観光」を利用した安全保障上の綱引き
【清野】日本では寄港地の候補になると、足元で典型的な公共工事が発生するので、その点で推進したいと考える人が必ず出てきます。
また奄美大島の場合、背後に日本の対中国安全保障上の綱引きがあるのかもしれません。日本は観光誘致を名目に、自衛隊の拠点を奄美大島に建設したい。一方、中国側には、観光クルーズをきっかけに、軍事海域の要衝となる奄美大島を実質支配したいという思惑がある。それなのに日本政府がいきなり「奄美に軍事施設を作る」といい出せば国民的、あるいは国際的な反発が必至です。そこで観光誘致を謳った大型港湾の建設計画を進める、というのです。
【カー】その件に関しては、観光とは完全に別の議題として、軍事なら軍事のスジで話すべきでしょう。観光が現地にもたらすメリット・デメリットと、軍事施設のそれにかかわる議論は、論点がまったく変わるはずですから。
アレックス・カー
東洋文化研究者
1952年、米国生まれ。NPO法人「●(=簾の广を厂に、兼を虎に)庵(ちいおり)トラスト」理事長。イェール大学日本学部卒、オックスフォード大学にて中国学学士号、修士号取得。64年、父の赴任に伴い初来日。72年に慶應義塾大学へ留学し、73年に徳島県祖谷(いや)で約300年前の茅葺き屋根の古民家を購入。「●(=簾の广を厂に、兼を虎に)庵」と名付ける。77年から京都府亀岡市に居を構え、90年代半ばからバンコクと京都を拠点に、講演、地域再生コンサル、執筆活動を行う。著書に『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『犬と鬼』(講談社)、『ニッポン景観論』(集英社)など。
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清野 由美(きよの・ゆみ)
ジャーナリスト
東京女子大学卒、慶應義塾大学大学院修了。ケンブリッジ大学客員研究員。出版社勤務を経て、92年よりフリーランスに。国内外の都市開発、デザイン、ビジネス、ライフスタイルを取材する一方、時代の先端を行く各界の人物記事を執筆。著書に『住む場所を選べば、生き方が変わる』(講談社)、『新・都市論TOKYO』『新・ムラ論TOKYO』(いずれも隈研吾氏との共著、集英社新書) など。
(東洋文化研究者 アレックス・カー、ジャーナリスト 清野 由美)(PRESIDENT Online)