ビジネスパーソン大航海時代

10人でスピード上場の先にあるもの ブレない人生の矜持とは~航海(13) (2/4ページ)

小原聖誉
小原聖誉

 通信ならNTTなどの通信会社が良いですよね。なぜ商社を選ばれたのですか?

 「将来自分で事業を興したかったからです。それに私は“商社ではなくトーメンを選んだ”のです。理由は、当時の大手総合商社のなかで唯一、自分が行きたい事業部門を新入社員からプレゼンして認められると配属される“ドラフト制度”があったからです。一生勤めるつもりではなく、ガッツリと仕事で真剣勝負をして3年でやめようと思っていました」

 そして実際に手がけられたのですね。

 「はい。東ヨーロッパや東南アジアの通信インフラ開発プロジェクトに従事しました。未開拓な領域であり、若手でも責任ある重要な仕事を任せてもらえました。現地の通信会社への入札、案件を獲得した後のプロジェクトの履行や現地企業との合弁のマネジメントまで様々なことをやらせてもらいました。ここで現地法人が詐欺事件に巻き込まれる経験もしました。調査を進める中で、詐欺に至る過程、起きてしまった場合の様々な意味での損失の大きさなどもつぶさに体験し、社会人として自分を鍛えることができました。自分のビジネス人生のなかでもっともキツく、もっとも実りを得た期間でした。そのおかげで、予定に反して8年間働くことになりました」

 そしてベンチャーに行かれるわけですね。

 「ええ。(ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長の弟で実業家の)孫泰蔵氏が学生時代に創業したインディゴという会社に行くことにしました。自由闊達で、しかも自分次第というベンチャーの世界が自分に合っていました。ちょうど日本でも高速の通信インフラ環境が整いつつあり、インターネットが本格的に普及する素地が整ってきていました。どうせなら人がやらないことに取り組みたいですし、“たくさんの魚”がいそうな場所がそこでした」

 インディゴをMBO→事業をスピンアウト→創業

 インディゴでは何に取り組まれたのですか?

 「最初はASPサービスのセールスマネージャーをしていました。インターネットに可能性を感じていましたが、仕事としては未知の領域でした。営業でしたがエンジニアとコミュニケーションをとるためには技術の知識が必須だと思い、色々教えてもらいながら結構勉強もしました。そして、経営にもタッチしていきました」

 その後どのようなことが起こるのでしょうか?

 「2003年に、インディゴがMBO(マネジメント・バイアウト=経営陣による自社買収)することになり、私も経営陣として参画しました。そして、事業を大手企業向けのシステム開発に絞りました」

 しばらくしてインディゴの社長になられるのですね。

 「ええ。そしてシステム開発に加えて、自社サービスを私の管掌事業として積極的に推進しました。その中の一つがSMS(ショートメッセージサービス)でした」

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