今年で創業88周年を迎えた神戸紅茶は、小規模ながらも世界中から茶葉を買い付け、独自のブレンドで日本の水に合った紅茶を開発している。他企業へのOEM(相手先ブランドによる生産)が主だが、一般の紅茶好きにも評価は高いという。明治から外国文化を真っ先に受け入れてきた神戸で、「おいしい紅茶を多くの人に」という思いを何よりも大事に受け継いでいる。
◆国内初の大量生産
神戸には明治期に活躍した英国人貿易商が紅茶を紹介した歴史があり、神戸市の1世帯当たりの紅茶消費額は全国でもトップクラス。1925年、食料品卸売業の「須藤信治(のぶじ)商店」として創業した神戸紅茶も、当時から紅茶を販売していた。
同社が紅茶メーカーとして飛躍したのは戦後。57年に英国・リプトンの指定工場となり、61年にドイツ製のティーバッグ自動包装機械を導入し、日本で初めてティーバッグの大量生産を始めた。93年には自社ブランド「神戸紅茶」での事業もスタートした。
しかし、バブル崩壊による経済の激変の中、同社も転換を迫られる。
阪神大震災で工場が被災したのを機に、競争の激しい食品卸売りから撤退し、紅茶に特化。いったんは売り上げが5分の1に落ちたが、ティーバッグ製造では日本でも1、2位を争う生産設備を誇っていたため大口受注が次々と入った。
しかし、まもなく注文に人手が追いつかなくなった。無理な増産を重ねてコストがふくらみ、赤字が続いた。先代社長の下で経営を支えていた下司善久社長は「利益率が薄く、しっかりとした商売につながっていなかった」と振り返る。
同社は2009~10年、創業以来初のリストラに踏み切る。当時約45台あった機械を大幅に削減。希望退職を募り、約80人いた従業員を約半分にまで減らした。その結果、13年3月期には4期連続の営業黒字を達成するまで回復した。