明治以降、西洋文化をいち早く取り入れてきた神戸で、ジャムの本当のおいしさを伝えようとしているのが、加工食品の製造・販売を営む樽正(たるまさ)本店だ。「今売られている多くのジャムは本来のジャムではない」。同社の石川寛社長(49)はあえて言い切る。果物の自然な風味を生かすヨーロッパ伝統の製法をもとに、日本人に合った商品として提供するという基本姿勢を貫いている。
◆仏シェフの直伝
石川社長の祖父、亀吉さんが1930年に神戸市内で樽正本店の前身「樽正」を創業。奈良漬の販売から始まり、現在はジャムだけでなく、イカナゴの「くぎ煮」など幅広い食品を扱う。父で同社顧問の徹さん(78)は「添加物を一切使わない食品の保存技術が当社のアイデンティティー」と話す。
徹さんは経営を引き継いだ約40年前、全国の酒やみりんといった原材料メーカーなどとの異業種間で会合を重ね、最新の情報を交換した。高度成長期の日本は食品の大量生産の時代を迎え、「食品業界は日々変わっていた」からだ。「原材料をよく知らなくては本当に良い商品を提供できない」
そうした努力を重ねてきた徹さんはこう嘆く。「国内で流通している食品は、ほとんどが見た目ばかり重視して伝統のつくり方からかけ離れている」。多くの食品添加物が使われ、日本人は自然のままの食べ物を食べることが難しくなっているという。
徹さんは「新鮮な食材に伝統の保存技術を組み合わせた質の高い食品」を目指してきた。その一つがジャムで、フランスの本場の製造技術を学んだ。
きっかけは80年ごろ、果物のコンポートの原材料となるコニャックの仕入れのためフランスを訪れ、人気レストランのオーナーシェフだったパトリック・パゼス氏と出会ったこと。パゼス氏は約1カ月間、日本に滞在して徹さんにジャムの製法を教えてくれた。