30年前、ソニーの係長だった頃、出張でスペインに90日滞在したことがあった。最初の半月は、どうも現地の人たちと波長が合わず毎日いらいらした。
なにせ彼らは遅刻常習犯だし、ランチに3時間もかけるし、昼間からワインをガブ飲みするし、だから、オフィスに帰っても仕事にならず机の上の整理くらいで帰宅するし…。係長は「どうしようもない、効率が悪い、生産性が低い」と、生意気にもスペイン人と彼らの生き方に愚痴をこぼしていた。
だが1カ月も過ぎ、彼らの質の高いライフスタイルと、開けっぴろげな性格に触れているうちに考え方は百八十度変わった。オフィスでは効率良く働く、毎日家族と家で夕食をとり、隣人とのおしゃべりを楽しむ。重厚な石造りの家も、使い込んで黒光りする家具も、ハモン・セラーノ(生ハム)も全て本物だ。
一方、係長は毎日満員電車に乗り、遅くまで会社にいて、赤ちょうちんでモツ焼きを食い、疲労困憊(こんぱい)で安普請の建売住宅に帰る。家族と一緒に夕食など夢のまた夢だ。スペイン人のライフスタイルを見て、人生の価値観と優先順位が全く違っていることに気がついた。ショックだった。
時間を守るのは日本人の美徳である。時間厳守は重要だが、結果として10分遅れると、いらいらするという副作用が生まれた。
だが、彼らは誰もいらいらしない。時には30分待たされることもあるだろうが、そんなことは人生からみれば微々たることだと思っている。
ラテン系の人々は生まれたときから心の許容範囲と領域が広いようだ。世界に誇る日本の新幹線の平均遅延率は36秒だという。スピードと安全性を守り、年間約12万本運行する新幹線の遅延がわずか36秒である。世界でも類のない大記録だ。