織物産地、新潟県十日町市にあって和装市場の活性化に向けて気を吐くのが、着物加工業のきものブレインだ。「もっと気軽に着物を着てほしい」としみ抜きや汚れ防止加工などケア事業で業績を拡大し、これを基盤に水で洗える絹の長襦袢(じゅばん)など新事業を展開している。躍進の背景には「消費者目線」があった。
岡元松男社長は1968年の高校卒業後、十日町市の織物メーカーや着物問屋に勤めていた。76年のピーク時に約560億円の出荷額があった同市の織物産業だが、生活様式の変化などで着物離れが進み、倒産の嵐が吹き荒れた。
◆しみの相談きっかけ
産地活性化への思いを強くした岡元社長は78年、着物販売会社「あづみ」を同市に設立。結婚披露宴などの訪問着だけでは市場が先細ると危機感を抱き、カジュアル着の提案に奔走した。
目を付けたのが着付け教室。染めや織りなど着物の作り方を伝える「あづみ着物講座」を教室内で開き、1カ月後に販売会を開催するスタイルでルートを拡大していった。
そこでの出会いがケア事業のきっかけとなった。着物を買ってくれた一人の女性から「大事な着物のしみを何とかしてほしい」と相談を受けた。高級訪問着を預かり、修正技術者に頼んで返すと、感謝の気持ちをしたためた手紙が届いた。
修正の評価は口コミで県外まで広がった。岡元氏は「着物を手入れできない消費者は多い」と確信して、83年に着物のアフターケアを業界で初めて事業化し、88年、きものブレインに社名を変更した。
ただ、道のりは険しかった。呉服店を回りケアの重要性を説くと「女性は着物を所有することで満足している」という反応が返る。消費者との認識の差を埋める難しさを感じた。