□西郷国際特許事務所所長・弁理士 西郷義美
驚いたときに発する東北地方の方言「じぇじぇじぇ」がNHKのテレビドラマをきっかけに有名になり、今年の流行語大賞の有力候補となった。岩手県久慈市の菓子店から商標出願された。一方、NHKはタッチの差で菓子店よりも遅かった。商標の先願主義の規定によって敗れたわけで、まさに、じぇじぇじぇな事態である。
一部のマスコミは「菓子店は独占使用しようとしている。とんでもない」などとあおっている。しかし、出願人の菓子店はよそ者に取られないように緊急避難的に出願したようで「他店にも自由に使ってもらい久慈を盛り上げてほしい」と話しているという。
もう一つ。「TOKYO 2020」が11月に商標登録になった。こちらは出願人の一番乗りを取るためオリンピック・パラリンピック招致委員会がかなり前に出願し特許庁から拒絶理由が発せられていたようだ。一般に地名+年号というタイプの商標は識別力、つまり珍しくもなく誰のものか分からないとして登録されない。ところが五輪開催地に東京が決定し「TOKYO 2020」は識別力ありと判断されたのだろう。
「じぇじぇじぇ」や「TOKYO 2020」のようにトップの出願人だけが商標権を獲得できる制度を「先願主義」という。商標だけでなく特許、意匠なども同様だ。別に商標権の重複登録を排除する方法として「先使用主義」がある。同一または類似の商標について複数の出願人があった場合、先に使用した者に登録を認める。早い遅いは時刻ではなく、日となる。
では同日出願の場合はどうするのか。まず、特許庁から協議命令がくる。同じ内容の商標権は1人にしか認められないので、どちらが取得するか当事者で話し合って決めよということだ。協議でも決着しないときは、おもしろいことに「くじ」で決める。くじでの決着は珍しく、特許庁によると10年に一度ぐらいとのことだ。
なお、このくじのやり方が公平でないと最高裁まで争われたことがあり、特許庁は慎重を期している。やり方はまず、じゃんけんでさいころを振る先攻と後攻を決める。次にその順番でさいころを2個振り合計数の多い方が色つきの玉を選ぶ。最後にガラポンのくじ引き器に、その玉を入れ、出玉の勝負で決する複雑さだ。公開が原則なので見学できる。
実際にあった現場で「くじ」に当たった出願人の社長は、飛び上がって子供のように喜んだそうだ。こんなにも数寄に富んだ商標は、会社にとって、レジェンド付きの宝になるだろう。
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【プロフィル】西郷義美
さいごう・よしみ 大同大工卒。1969年オマーク・ジャパン入社。75年祐川国際特許事務所に勤務。76年西郷国際特許事務所を設立。2008年4月から日本弁理士会副会長を1年間務めた。弁理士と特定侵害訴訟代理人の資格を持つ。69歳。