早野龍五さんは物理学者(東京大学大学院理学系研究科教授)である。
何度も早野さんと交信し、何回かお会いするなかで、ぼくは思ったことがある。早野さんと接した人の中には、「自分の子供が科学者になってもらいたい」と願う人たちが少なくないのはないか、と。
その早野さんは、昨年の夏から幼児音楽教育の「スズキ・メソード」の会長でもある。そうすると、早野さんと接した人には、「自分の子供にはバイオリンの練習をさせておけば良かった」と後悔する人たちがいるに違いない。
人生後半戦を送っているぼく自身が、スズキ・メソードでバイオリンの演奏を習い、高校進学の時に科学者になる道を選択した早野さんに、今さらながらにして「早野さんの人生は、いいなあ」と思ったからだ。
「いいなあ」と思える早野さんの日常は、エネルギッシュな日々のはずだ。が、その早野さんが見ている風景は、とても淡々としている。
平常心を維持するのはかくも難しいのか、と思いながらぼくは毎日を過ごしているが、早野さんの見ている抑制のきいた風景に接すると、「叶わないなあ」とため息をつく。
ぼくが早野さんとお知り合いになったのは、2014年の12月だった。早野さんと糸井重里さんのお二人が出版された『知ろうとすること。』(新潮文庫)を読み、東北の食をイタリア国内でプロモートするプロジェクトにちょうど関わっていたぼくは、この本の内容をイタリアの人にもぜひ知ってもらいたい、と思い至った。