保険手数料開示、凍結の舞台裏 地銀抵抗に金融庁長官が激怒、問われる本気度
銀行窓口で販売される貯蓄性の高い保険商品について、金融庁が、10月に予定していた銀行の受け取る手数料の開示を見送った。日銀のマイナス金利政策に苦しむ地方銀行などに配慮して軌道修正したのかと思いきや、理由はまったく別。開示に反発する地銀の姿勢に金融庁の森信親長官が激怒し、一旦仕切り直して広範囲に及ぶ保険商品の手数料の透明化を徹底的に行おうとしているのが実態で、“虎の尾”を踏んだ金融業界は戦々恐々としている。
生保業界「恨み節」
「なぜ、こんなことになってしまったんだろう」。生命保険業界関係者はこう恨み節を口にする。
生保業界は今回の手数料開示に当初から協力的だった。金融庁が顧客の立場に立った金融商品の販売・提供を意味する「フィデューシャリー・デューティー」を強く打ち出す中、顧客の利益に資する制度の見直しは避けることができない大きな潮流となっている。
金融庁が問題視していたのは銀行窓口販売の手数料だ。透明化は手数料の下げ圧力になり、銀行側の販売意欲の低下にもつながりかねないが、ここは素直に協力することで、保険の乗り合い代理店など他の販売経路に透明化が見境なく波及するのを食い止める狙いがあった。だが、結果的に生保業界の恐れた方向になってしまった。
そもそも、金融庁はなぜ銀行窓口の保険販売に絞り、手数料の開示を求めたのか。
対象になった運用結果や為替相場で受け取る額が変わる変額年金保険や外貨建て保険などの貯蓄性の高い保険商品は、銀行の窓口で売れ筋だ。保険会社が銀行に支払う販売委託手数料は顧客の保険料に含まれているが、その金額は開示されていない。このため、手数料が10%程度と過度に高い商品もあるという。一方、同じく銀行窓口で売られる投資信託の手数料は2~3%が一般的で、開示もされている。
金融庁が懸念したのは、貯蓄性保険の手数料が非開示のままであれば、銀行が高い手数料収入目当てに、不要な商品を顧客に勧めかねないという点だ。同じく銀行窓口で売られている投信と同様に手数料開示を義務付ければ、顧客には商品選びの参考になる情報が増え、過度に高い手数料が下がることも期待できると判断したわけだ。
「これは長官マター」
金融庁は今年に入り、生命保険業界に手数料を開示するよう求め、銀行業界も含めて調整してきた。そして、5月20日には手数料開示に関する監督指針改正案を公表して、10月から開示を実施する予定だった。しかし、監督指針改正案公表の2日前に事態は一変。金融庁は突然、銀行業界や保険業界に指針改正を凍結する旨を通告した。
背景には、調整を進める中で地銀業界から「銀行を狙い撃ちにするのは不公平」と反対の声が強まったことがある。
地銀はマイナス金利政策で貸し出しの利ざやが縮小し、金融商品販売などの手数料稼ぎに力を入れている。手数料開示で「ドル箱」の保険販売のうまみがなくなれば、収益低迷の危機にひんすることから、「保険の代理店が対象にならないのはおかしい」との理屈も持ち出して反発した。
指針改正の凍結は一見、金融庁がこうした意見に配慮したようにみえるが、内情はむしろ逆だ。金融庁担当者は「業界に反対されようが、僕らはやるべきことはやる。これは長官マターになった」と語る。
■銀行、生保 問われる「本気度」
「地銀はまだそんなことを言っているのか。顧客本位でないことの表れだ」。凍結の舞台裏では、開示に否定的な地銀の姿勢に金融庁の森長官が怒りを爆発させていたのだ。
森長官は昨年7月の長官就任以前から、フィデューシャリー・デューティーの徹底に事あるごとに言及し続けてきた。長年の取り組みにより、ある程度は成果が上がってきたとみていたはずだが、蓋を開けてみれば、地銀から飛び出してきたのは顧客目線を欠いた正反対を行く言動だったからだ。
金融庁が手数料開示を一旦取り下げたのは、森長官が手数料の透明化を徹底的に行う腹を決めたとの向きが強い。それを裏付けるように、首相の諮問機関である金融審議会の「市場ワーキング・グループ」では7月初めからフィデューシャリー・デューティーの議論を行う予定で、手数料開示も議論される見込みだ。自主的にできないのであれば、金融審で根本から検討するとの狙いが垣間見える。
金融業界は森長官の逆鱗(げきりん)に触れたことで、逆に行政の圧力を強められかねない事態となったことに危機感を強めている。銀行業界や生保業界では金融庁の矛先をかわそうと、善後策を練り始めており、業界同士の意見交換も活発になってきた。
一部の大手銀行は、10月から自主的に銀行窓口で扱う全ての保険商品の手数料開示を行う検討を始めているという。
生保業界も、業界団体である生命保険協会が手数料開示の協会ルールを策定する方針だ。
金融庁が事業指針を定めた金融行政方針には、フィデューシャリー・デューティーについて「民間の自主的な取り組みを支援することで徹底を図る」と明記している。銀行や生保は、金融庁が凍結した監督指針改正の方向に沿った取り組みを実施する姿勢を示すことで、事態を収束させたいとの思惑だ。
生保協会は協会ルールについて金融審の議論を踏まえ、金融審の成果として示すようだ。
銀行業界や生保業界は今のところ、協会ルールを示すより前に、各社が個別に自主的に開示に踏み切るか、それでは開示の対象範囲などをめぐって各社の足並みがそろいにくいため、協会ルールが示された後に実際に開示を行うかなど、複数の案をつくり、どれがベストか業界間の調整を行っているという。
当面は生保、銀行業界の双方が納得できる協会ルールづくりを調整することができるかが今後の焦点になるが、その結果に金融庁の森長官は矛を収めることになるのか。それぞれの立場でフィデューシャリー・デューティーへの本気度が改めて問われる。(万福博之)
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