iPod(アイポッド)やスマホの普及に伴い、通勤・通学時に音楽を聞く人が増え、ヘッドホン市場は拡大傾向が続いている。「外出先でも良い音を聞きたい」というニーズが高まり、国内外のメーカーがBA型ドライバーユニットを搭載したヘッドホンのラインアップを強化していた。ただ、BA型ドライバーユニットは「専業メーカーでなければ作れない」というのが業界の常識だった。BA型搭載のヘッドホンメーカーの多くは、専業メーカーからBA型を仕入れて商品化していた。
「心臓部のドライバーユニットを他社に委ねるわけにはいかない。全て自分たちの力で、ソニーらしい音づくりに挑戦してみたかった」と投野部長は振り返る。自社ラインで生産し、コストを引き下げることも念頭に置いた。
ゼロからのスタートだっただけに、初めは試行錯誤の連続だった。音響解析や精密加工などソニーの持つ技術を結集して開発にあたったが「最初はまったく音が出なかった」(投野部長)。
例えば、ダイナミック型もBA型も磁石を使って電気信号を音に変換する仕組みだが、BA型は磁石とアーマチュア(可動鉄片)の間の吸引力を変化させ、そのアーマチュアの振動を振動板に伝えて音を出す。これに対し、ダイナミック型では使う磁石が強ければ強いほどいい音が出る。
ダイナミック型の要領でBA型に強い磁石を使っても、アーマチュアの先端が貼り付いてしまい、当然音は出ない。アーマチュアのバネの力と磁石の吸引力をうまくバランスさせるためには、ミクロン単位の工作技術が必要だった。社内の精密加工技術の粋を投入し、投野部長が目指す“ソニーらしい”ドライバーユニットが形作られていった。