前出のアナリストは「就任以来、津賀(一宏)社長はプラズマの設備投資の見誤った原因を必死に考えてきたと思う」と推測した上で、事業部制を復活させる背景をこう解説する。
「営業の最前線はプラズマが売れるかどうかの見通しを把握していたはずなのに、組織が巨大すぎるためか、その情報が生産部門に伝わっていなかったのではないか。だからこそ、津賀社長は、営業や生産の現場を直結させる“パイプ”が必要という考えに行き着いたのだろう」
経営の神様が80年前に発案
事業部制は、「経営の神様」と呼ばれた幸之助氏が昭和8年に導入。製品ごとに開発から生産、営業までを一元管理し、各事業部が独立採算で競い合うことによって業績を飛躍的に向上させた。
しかし、半世紀以上の間に100を超える事業部が乱立。異なる事業部で複数ブランドのファクスを販売したほか、3事業部が独自にデジカメの開発を行うなど、事業の重複による無駄が目立ちはじめた。