引き続き個人邸から注文があり、自然の山や川を表現する「池泉(ちせん)庭園」と枯山水の庭を造った。小杉氏は今や同国で最も有名な日本人として知られる。これまでに手掛けた庭園は同国に3カ所、韓国に2カ所だが、バーレーンで年内に造園する方向で交渉中のほか、キプロスからも話が来ているという。
世界から注文が来るのは講演を通じて日本の庭園文化の発信に努めてきたからだ。訪問国はブルガリア、ウクライナ、キューバ、ニカラグアなど10カ国に及ぶ。小杉氏は「最初から仕事をくれるわけがない。まずは日本文化を宣伝し世界に広め、ファンをつくること」に注力。この戦略が開花し始めた。
小杉氏が海外展開に乗り出したのは、日本の庭園文化を世界に紹介したいとの思いとともに、海外に目を向けなければ植木屋の仕事がなくなるとの危機感も大きかった。相続税対策で土地を切り売りするケースが増え、日本庭園を維持できる個人邸は減るばかり。それに伴い植木職人の社会的な認知は低下していった。