もっとも、ハイテクの塊だけに開発は試行錯誤の連続だった。
タッチフォーカスの液晶は、2枚の樹脂製レンズの間に液晶材料や絶縁膜などを挟み込んだ9層構造をしている。液晶の分子配列を水平から垂直に変化させ、屈折率を変えることで遠近を切り替える仕組みだ。E-Glass事業開発グループで開発・製造を率いる村松昭宏開発リーダーは「液晶の厚さは3マイクロメートル程度に抑え、さらに液晶材料をレンズ内に最適に閉じ込めて安定させる必要があった」と苦労を振り返る。
樹脂レンズと同等の透明性を確保したり、つる内部の狭い空間に電子回路を格納したりするのも大変だった。より自然な姿勢で見られるよう、液晶の位置や広さにもこだわった。
村松氏らがタッチフォーカスの開発に着手したのは08年。もともとパナソニック傘下のパナソニックヘルスケア(PH)社員だったが、14年に三井化学が事業を買い取ったのを機に移籍した。移籍後も幾度となく壁にぶち当たったが、文字通り苦節10年で努力が実を結んだ。
だが、既に次の任務が始まっている。取り扱い店舗の拡大を図る一方で、商品ラインアップを拡充。昨年10月には、よりデザイン性の高いチタンフレームの製品を追加した。来年には紫外線量に応じて濃さが変わり、昼夜問わず使える「調光レンズ」タイプも投入する計画だ。
ほかにも電子回路を内蔵していない左側のつるに、骨を伝わる振動で音を聞く「骨伝導」の補聴器を仕込んだり、心拍数をモニタリングする機能を持たせるといったアイデアが持ち上がっているという。
タッチフォーカスは、百貨店内の眼鏡店を中心に販売されている。従来にない商品だけに、店員が製品について顧客にきちんと説明することを重視しているからだ。
00年以降、眼鏡業界は大きく様変わりした。安さを武器にした新興勢力の台頭で価格破壊が進み、巻き込まれた既存の眼鏡店は打撃を受けた。こうした店が復活するには、丁寧な顧客対応という強みを生かしながら、高機能・高付加価値の商品を拡充して新興勢力と差別化することが欠かせない。早瀬氏は「タッチフォーカスは新しい市場を作れる。眼鏡業界の活性化につながれば」と願う。
三井化学が、遠近両用を使っている男女600人を対象に実施した調査によると、手元を見るときに顎は上げたままで目線だけ「下目使い」になるといったしぐさに、4人に3人が「老い」を実感していた。7割は「手段があれば解決したい」と考えているという。
「絶対に世の中に役に立つという思いがタッチフォーカスを生んだ。年齢を気にせず好きなことをやりたいのに、老化のせいで諦めてしまうのを何とかしたい」。早瀬氏はそう力を込める。