プロスケーターの鈴木明子さん(大西史朗撮影)【拡大】
少しずつ食欲が出て、10月には仙台に戻ると、長久保先生が「絶対にできる」と励ましてくれました。病院で栄養指導を受け、11月頃に氷の上に戻りました。
その年が明け、学生選手権に出場しましたが、久しぶりの試合で怖くなり、母に電話をしました。すると、「氷の上に立てることに感謝して滑ったらいいんじゃない」。五輪など緊張する大舞台でも「滑れるだけで本当に幸せ」と思って演技できたのは、このときの母の言葉があったからです。
数カ月後、ファンの方のホームページを通じて摂食障害を明かしました。やせた姿から「病気じゃないのか」などと噂が流れていたので、きちんと説明したかったんです。
大学2年のとき、摂食障害の原因が母との関係にあると医師に言われました。私は一人娘で母から厳しく育てられた。スケートの練習でも「歩くのが遅い」「準備が遅い」と叱られ、褒められたことがありませんでした。「母の理想の娘に近づきたい」という思いが、プレッシャーになっていたのだと思います。
摂食障害を経験して、私も母も変わりました。私は完璧主義の所があり、周囲に甘えることができませんでした。でも、今はいい意味で「適当でいい」と思えるようになりました。