午前10時54分。停車していたアンデルマット駅から氷河特急900号が出発すると、満席になった車内は一層にぎやかさを増した。ランチサービスに合わせて区間乗車するふたつのグループ客。慌ただしく食卓を整えはじめたウェイトレスによると、オーストラリアとドイツからの団体ツアーらしい。
思わず小さくガッツポーズ。超個人的な見解だが、ドイツとオーストラリアといえば、私的には“世界三大酒呑み国民”だ(ちなみに、もうひとつはフィンランド)。案の定、あっちでもこっちでもビールの栓がぽんぽん開き、クラッシュアイスを詰めたバケツが次々運び込まれ、スパークリングワインを抜く景気のよい音が鳴り響いた。
これで私も“昼酒”を頼みやすくなるというもの。グラスのプロセッコ20デシリットル・11スイスフラン(約1390円)に続いて「グレッシャー・エクスプレス」の名を冠したワインを注文するか迷っていると、目の前の空席に鞄が投げ出され「余ったら持ち帰れるわよ」と、声が降ってきた。くたくたに使いこまれて、ところどころほころび始めた、革製の頑丈なショルダーバッグ。ドイツ人ガイドの女性だ。大柄のふっくらした身体を押し込むようにして、私の前に座る。