午前11時55分。およそ4時間にわたって定刻通りに運行を続けていた氷河特急900号は「ディセンティス駅」で停車した。これから30分ほど、この駅に停まるという。
ここは氷河特急の乗降駅ではないし、とくに景勝地でもなく、駅付近に観光地やショップがあるわけでもないから、乗客の多くはほんのひとときプラットフォームへ降り立ち、のびをして深呼吸を1、2度すると、そそくさと座席へ戻ってしまった。
なぜなら、揺れたり斜めにならずに、車内で落ち着いてワインや食事を楽しめるのは、停車しているこの時間を置いてほかにないのだ。標高1604mのツェルマットを出発してから、主な駅だけでも、670mのブリークまで1000m近くも下り、1440mのアンデルマットを経て、このルートでもっとも高い標高2033mのオーバーアルプ峠まで急勾配をぐんぐん上り、再び急降下して標高1130mのディセンティスに到着した。途中の急坂は重力を体感するほどで、車内が水平なのは、じつにツェルマット駅を出発して以来4時間ぶりなのだ。