しかし最新の研究発表では、それより少ない残業時間でも、重篤な病気を起こしやすくなるという海外の報告もある。約60万人の労働者を対象として、調査中に冠動脈疾患と脳卒中を発症した人を残業時間の長さに応じてグルーピングしたところ、労働時間が増えれば増えるほど、とりわけ脳卒中の発症率が上がることが示された。週の労働時間36~40時間の人が脳卒中を発症するリスクを1とすると、週の労働時間が55時間以上の人は、1.33倍になる(図版参照)。
これは海外の調査なので、我が国の労働者を対象にした検証も必要だ。ただ日本に当てはめると週の労働時間が40時間と定められているので、週の労働時間55時間は月60時間の残業と換算できる。
現役世代の場合、心臓病や脳卒中の発症リスクがこれほど上昇することは通常考えにくい。なぜなら、生命にかかわる心臓や脳の血管はきわめて丈夫にできていて、若い人が健康な日常生活を送っているかぎり、異常をきたすことはまずないからだ。
長時間労働によって、なぜ心臓病や脳卒中になりやすいのか。労働時間が長くなると睡眠時間は短くなり、その結果、疲労回復の機会自体が奪われるためである。また、ストレスがたまって、飲酒や喫煙の量が増えたり、運動不足に陥ったりすることも循環器系に悪影響を及ぼすと推測されている。さらには、体内の働きを無意識のうちに調節する自律神経には、交感神経と副交感神経があり、体を活発に動かすときや仕事をしているときは交感神経が優位に働く。交感神経は血管を収縮させるため、長時間労働を続けていると血流が悪化し、心臓や脳の血管が詰まりやすくなることも考えられる。