望郷、不安…福島避難者なお10万人 6割超の世帯が「心身に問題」

東日本大震災5年
東日本大震災から5年を迎える東京電力福島第1原発。廃炉に向けた作業が続き日没後、敷地がライトで照らされていた。周辺の町は避難区域に指定されたままで暗闇が広がる=2016年3月10日午後6時6分(共同通信社機から撮影)

 東日本大震災は11日、発生から5年を迎え、午後には政府主催の追悼式や各地の慰霊行事で鎮魂の祈りがささげられる。震災と東京電力福島第1原発事故による全国の避難者は約17万4000人。津波被害が甚大だった岩手、宮城、福島の3県によると、避難生活での体調悪化などで亡くなった震災関連死は10日時点で3410人に上る。死者、行方不明者を合わせた震災の犠牲者数は2万1865人となった。阪神大震災でプレハブの仮設住宅は5年で解消されたが、3県では約5万8000人が入居したままだ。

 東京電力福島第1原発事故による放射線の影響などで、いまだ10万人近い福島県民が故郷から離れた場所で避難生活を続けている。5年に及ぶ避難生活の長期化は、高齢者の孤立や健康リスクの増加など問題を生んでいる。避難に見切りを付け、移住を考える人も増えてきた。

 「故郷と縁切れぬが」

 「1人で村に戻っても寂しい。ここにいれば気が紛れるから。もう慣れちまったよ」

 自宅のある福島県川内村から、約40キロ離れた福島県郡山市の仮設住宅で生活する秋元トキ子さん(84)。原発事故後、栃木県内の長女宅へいったん避難したが、3カ月ほどで福島に戻った。

 川内村では2014年10月に避難指示区域の指定が一部解除された。だが生活環境に不安があり、いまだ約1000人が避難している。秋元さんは村で夫と2人でコメや野菜を作っていたが、夫は避難生活で体調を崩し、事故の翌年に亡くなった。

 福島県によると、避難者は12年6月の16万4218人がピーク。避難指示が出された区域のうち指示が解除されたのはまだ2割弱で、全国各地に避難者が散らばっている。

 県が避難者に昨年実施したアンケートでは、「放射線の影響」や「生活資金」に不安があるなどとして仮設住宅への入居延長を望む声が多かった。懸念されるのは、家族の心身の健康に問題のある避難世帯が全体の6割を超えたことだ。

 福島県外への避難者も、帰還する見通しが立たず移住を検討する人が出てきた。

 「自分の生まれ育った場所と縁を切ることはできない。ただ、今後の町との関わり方を考えなくてはいけない時期に来ている」

 見えないストレス

 福島県大熊町から、高齢の母親とともに水戸市に避難する浅野秀蔵さん(59)。大熊町などの帰還困難区域に指定された地域では、除染作業すら始まっていない。除染で生じた廃棄物を保管する中間貯蔵施設の建設も進んでいない。

 浅野さんは原発事故の翌年、同じ茨城県内に避難する大熊町民のコミュニティーを発足させた。メンバーは30人ほどで高齢者も多い。「自宅に戻りたい」と願う家族を避難先で看取った人もいるという。

 福島県からの避難者の支援を続ける茨城大の原口弥生教授(環境社会学)は「避難者は将来の生活や仕事への不安、進まない賠償手続きの負担など、見えないストレスを絶えず持ち続けている。避難先で自立して生活する人々に必要な情報を提供したり、人とのつながりをつくったりして、今後も支えていく必要がある」と指摘した。(緒方優子、野田佑介/SANKEI EXPRESS