東日本大震災や東京電力福島第1原発事故の被災地で、住民交流や伝統行事を担ってきた約100の自治会や町内会が解散、消滅している。長年培われてきた地縁による結び付きが突然絶たれ、住民は戸惑いを隠せない。一方、かつての住民が集まりふるさとの記憶をつなぐ動きもある。
「再編しても人が少ない」
津波で浸水し、地域全体が災害危険区域に指定された仙台市宮城野区の西原町内会は今月末、38年間の活動に幕を閉じる。震災後も毎年、花見や地元名物「芋煮会」を開くなど元住民同士の交流を図ってきたが、多くの人が地域外での生活再建を果たしたため解散を決めた。
大和田哲男会長(71)は「(転居先の)新しい地域で暮らす不安をふるさとの気心の知れた人と分かち合える場だった」と振り返る。今後、仮設住宅からさらに、高台移転した新居に移る住民もいる。大和田さんは「次の場所で頑張るしかない」と語った。
福島県南相馬市小高区は原発事故後、警戒区域に指定され、住民は県内外に散り散りになった。小高区内にある飯崎行政区では、避難後も年1回の総会を市内の別の地域で開催してきたが、震災前は約200世帯のほとんどが出席していた総会への参加者は半減しているという。