洪水で橋を渡れず、逃げるには鉄橋を渡るしかなかった。線路の間にある30センチくらいの板を歩かねばならない。下は渦巻く洪水。怖くて足がすくんだ子供の手を引いた母親は、子供を板に立たせて手を引き、自分はレールの外側の枕木を歩いた。おかげで子供は無事に渡りきった。災害対策に取り組む、元都庁職員で「えどがわ環境財団」理事長の土屋信行さんが、当の子供だった高齢者に直接聞いた話である(『首都水没』土屋信行著)。
橋を流した大洪水をもたらしたのは、戦後間もない1947年のカスリーン台風だった。関東地方に大洪水を起こし、1000人以上の犠牲者を出した。今回の台風18号による鬼怒川の堤防決壊と時期も状況も似ている。カスリーン台風も9月、秋雨前線が活発化し大雨になったとされる。川が大雨の後に増水し、堤防が決壊した。
私が育った北関東の街の電信柱には地面と平行に青いラインが入っていた。カスリーン台風でそのラインまで水がきたことを示している。いやでも目に入り、「この辺は水が出るんだ、危ないんだな」と自然に覚えた。