死亡届出せない 行方不明いつまで

東日本大震災5年
東日本大震災の津波で行方不明になった夫を思って記したメッセージと熊谷幸子さん。仏壇の周りには、死亡届を出していない夫の写真が並ぶ=2015年12月17日、岩手県陸前高田市(共同)

 大切な人が、あの日突然いなくなったまま、帰って来ない。東日本大震災の被災地では、今も2561人の行方が分からない。

 「見つからないと、区切りが付かない」。一方で「現実になるから、このままでいい」と死亡届を出せない家族もいる。残された人たちは、やり切れない気持ちに揺れながら生きている。

 震災後、葬儀や役場での手続きの都合に迫られて、多くの行方不明者の家族が死亡届を提出した。しかし、今年1月末時点で少なくとも27人の行方不明者は、死亡届が提出されていない。

 岩手県陸前高田市の熊谷幸子さん(74)も、届けを出せずにいる一人だ。〈信じられない。本当に居なくなったと思いたくない〉。夫の磨さん=当時(71)=と会えなくなってから、ずっとカレンダーの裏に思いを書き連ねている。紙切れ一枚で、大事な人が本当にどこかへ行ってしまいそうで、届けを出せずにいる。

 出したからといって、現実を受け入れられるわけではない。宮城県石巻市の岡栄裕さん(63)は犠牲になった家族6人のうち、妻、次女、孫の3人が行方不明の状態。届けは「みんなが出していたから、出しただけ」。区切りなんて考えたこともない。捜し続けているが見つからず、「あれから俺の時間は止まっている」と話す。

 石巻市の成田博美さん(56)は、見つからない娘の絵美さん=当時(26)=の携帯電話を解約できない。〈お母さんばかり生きててごめんね〉。返信は来ないけれど、メールを送り続ける。宮城県気仙沼市の三浦瑠美さん(36)は、母の佐藤才子さん=当時(60)=の着物が大切な形見。「笑顔で見守ってくれる気がする」と、空を見上げる。

 青森県八戸市の中学3年幸崎廉君(15)は、夢の中で父の和彦さん=当時(45)=に話し掛けたが、返事はない。将来消防士になって「お父さんを見つける」ことが目標になった。あれから5年。これまでも、これからも、それぞれの思いは募り続けている。

 ≪独居率、3割超す≫

 東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島の被災3県の仮設住宅と災害公営住宅の入居者のうち、3割以上が1人暮らしであることが10日、産経新聞社の独自集計で明らかになった。1人暮らしの割合(独居率)は全国と比べてもやや高く、高齢者を中心とする被災者の「孤立化」が浮き彫りとなった。被災3県の独居率は岩手が最も高く35.5%。宮城も34.5%といずれも3分の1を超えた。厚生労働省の国民生活基礎調査によると、全国の独居率は27.1%(2014年6月時点)でこれを大幅に上回る結果となった。

 孤立化の結果が最も顕著に表れるのが孤独死だ。この5年間で3県の「プレハブ仮設住宅で1人で暮らし、死亡状態で見つかった人」の数は年々増えており、累計で188人に上っている。1995年の阪神大震災でも、孤立化から孤独死に至るケースは社会問題となった。

 さらに、被災地では仮設住宅を退去し、災害公営住宅へ移転する人が増えているが、移転によって住環境が向上する半面、顔見知りを失って孤立化するケースも少なくなく、1人暮らしの高齢者には深刻な問題となっている。

 一方、福島の独居率は18.8%と他の2県に比べて10ポイント以上低かった。これについて、トヨタ財団の本多史朗プログラム・オフィサーは「福島県の住民は東京電力から原発事故の補償金を受けることを念頭に、1人暮らしをせず家族でまとまって生活する傾向がある」と分析している。

 ≪「阪神」より影響長期化≫

 東日本大震災は、阪神大震災(1995年)のデータと比較すると、人的被害の大きさと影響の長期化が際立つ。震災関連死を含む死者・行方不明者の数は阪神の3倍を超す。5年でプレハブ仮設住宅の入居者がいなくなった阪神に対し、岩手、宮城、福島3県では今なお5万7677人が暮らす。

 広範囲にわたる津波被害などで、東日本大震災の犠牲者は2万1000人を超えた。避難生活で体調を崩すなどした震災関連死は3410人と、阪神大震災の919人を大きく上回る。

 被害規模が大きい上、平地が少なく宅地確保が思うように進まず、東日本大震災の住宅再建は遅れている。災害公営住宅は、阪神大震災では5年間で2万5421戸整備されたが、岩手、宮城、福島3県での完成は1万4042戸にとどまっている。

 3県の人口は11年3月から約3.2%減少。特に東京電力福島第1原発事故の影響が残る福島県は5.7%減だった。

 被害総額は阪神大震災が約9兆6000億円。東日本大震災は約16兆9000億円に上った。(SANKEI EXPRESS