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【軍事情勢】マッカーサー→鯨→人間魚雷/長門→原爆実験 (1/5ページ)

2013.8.25 00:08

 終戦半月後の昭和20(1945)年8月30日、神奈川県・厚木飛行場に降り立った聯(れん)合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥(1880~1964年)は帝都・東京には入らず、横浜市内のホテル・ニューグランドに12泊する。初の食卓には鯨肉ステーキがあった、との回想録が残る。不思議な縁はここから始まった、と思っている。

 滞在中《目玉焼き事件》が起こる。元帥は朝食に「2つ目玉の目玉焼き」「煎り卵」を命じたが、朝食には2品とも供されなかった。昼を過ぎ、ようやく「1つ目玉の目玉焼き」だけが運ばれた。元帥が料理人に質(ただ)すと「八方手を尽くし、ようやく卵が一つ手に入りました」との答え。実証された逸話ではないが、元帥は日本の食糧事情を理解していた。

 食糧難で捕鯨拡大

 この年は明治38(1905)年以来の大凶作だった。冷害・風水害のダメージを、生産設備の軍需転用による肥料や、徴兵による労働力の、幾重もの不足が一層悲惨にした。冷害の原因ともなった親潮の異常現象で、イワシやサバが沿岸を遠く離れた。

鯨肉を日本国民に広く供給するためマッカーサー・ライン内での捕鯨を許可した

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