明けて21年1月、横浜港で修理していた捕鯨船の乗組員が、海面まで滑り台のような下りスロープを施した甲板「スリップウェーのついた大日本帝國(こく)海軍の艦艇がいる」と連絡してきた。欣喜雀躍(きんきじゃくやく)して第二復員省(海軍省の後身)に借用の話を持ち込む。と、「何でも貸してやる」と示された残存艦艇リストの筆頭に《戦艦 長門/3万9000トン/8万2000馬力/ダメージ中破》とあり、仰天する。
母船候補から標的艦に
長門は戦時中、大和・武蔵に次ぐ主力艦として温存され、終戦まで稼働可能だった唯一の戦艦であった。捕鯨母船は通常1~2万トンだから、名誉と巨艦に過ぎる-と丁重に断り「スリップウェーを施した艦艇」を説明すると、第一号型輸送艦第19号=公試(臨戦態勢時)排水量1800トン=だと判明する。
一号型は敵制海空権下でも島嶼(とうしょ)への強行輸送を可能ならしめるべく高速重武装化された輸送艦で、搭載の大型上陸用舟艇を短時間で着水させるため、後部甲板が海面まで続く下り坂になっており、捕獲鯨を引き揚げるのに好都合だった。戦争末期には、この坂を使い特攻兵器・回天=人間魚雷が発進した。艦長以下全乗組員80人が、艦とともに大洋漁業に貸与された。