斯(か)くして21年2月より最長23年春まで、生き残った一号型全4艦が、大洋漁業以外の業者にも雇われ捕鯨母船として活躍した。それ以前は全て復員輸送艦として活用されたから、二重の意味で多くの日本国民の命を救ったことになる。4艦の内、19号は英国に、他は米国やソ連、中国に接収され、捕鯨母船としての任務を終える。
接収といえば、前述の長門は米国に接収された。終戦直前に米航空母艦4隻より離艦した艦上機の猛攻で中破したままの長門。その痛々しい姿を21年7月、太平洋中西部マーシャル諸島ビキニ環礁に見る。米国による核実験の標的艦となっていた。だが、1回目の空中爆発実験では爆心予定地がずれたとはいえほぼ無傷。爆心地近くに置かれた2回目の水中爆発実験に至っては、事前に艦首に穴を空けられ、機雷が艦体に仕掛けられていたともいわれるが、4日間も海上にその姿を保った。
看取った者なし
爆心地に最も近かった米戦艦が瞬時に轟(ごう)沈、長門とほぼ同じ距離に位置した米正規空母は7時間後に沈没しており、長門は標的艦の中でひときわ光を放った。