さらに記事で、岩下教授は〈「歴史について領土と別に近隣諸国と議論する公的な場が必要」〉と述べている。その上で、記事は〈参考になる例がある。日本は、北方領土交渉の「川奈提案」(1998年)でソ連が中立条約を破って千島を奪った歴史問題を、今の領土問題と切り離す「概念の革命」を実現していた〉と解説している。
筆者は、川奈提案に直接関与している。この提案ができた経緯をもっとも詳しく知る1人だ。川奈提案の内容は、現在も外交秘密なので、この場で明らかにすることはできないが、〈ソ連が中立条約を破って千島を奪った歴史問題を、今の領土問題と切り離す「概念の革命」〉なるものが存在しないことだけは断言できる。「川奈提案」で日本政府は択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島からなる北方四島の日本への帰属確認を要求している。この原点は、45年8月にソ連が当時有効だった日ソ中立条約を侵犯した事実にある。それだから、51年のサンフランシスコ平和条約2条c項で、日本政府は千島列島を放棄し、その時点の認識ではこの放棄した千島列島に南千島(国後島、択捉島)が含まれていたにもかかわらず、56年の日ソ共同宣言以降、四島に対する返還要求を継続しているのだ。北方領土問題を歴史認識から切り離すことは不可能である。