「在日特権を許さない市民の会(在特会)」への街頭宣伝禁止と賠償を命じる判決(京都地裁、橋詰均裁判長)について、支援者に報告をする学校法人京都朝鮮学園の孫智正(ソン・チジョン)理事長(左から2人目)ら=2013年10月7日、京都市内のホテル(共同)【拡大】
日本では上級審になるほど、政府の意向に沿う判決に修正されていく傾向がある。人種差別撤廃条約に基づくヘイトスピーチに対する処罰も、日本では法的に具体化されておらず、最終的な判決がどうなるかは分からない。
一方で、在特会は今回の裁判が起こされた後も、東京・新大久保や大阪・鶴橋などのコリアンタウンで数百人規模のデモを主導し、差別的なスローガンを横断幕で掲げたり、マイクで叫んだりして、示威活動を続けてきた。
「責任伴う」表現の自由
今では誰もが「表現の自由」や「報道の自由」は、民主制に不可欠なものだと考えている。それを法律として最初に保障し、現代に続く「言論の自由」の先駆けとなったのは、1766年に北欧スウェーデンの憲法に加えられた条項である。その後、米国も建国にあたり、憲法修正第一条で「信教、結社、言論、示威・請願等の自由」を保障した。ただ、これは、ドイツの歴史哲学者ヘーゲルが「世界史とは自由の概念の発展にほかならない」(『歴史哲学講義』)と言った高尚な哲学に基づくものではなく、利害対立する政論をまとめるための苦肉の策という側面が強かったようだ。