【パラリンピアン・ライフ】
幼少のころ、私は母の後ろをくっついて歩くのが大好きでした。母が車で外出するとき、エンジンがかかった音を聞くと、急いで車に駆け寄って一緒について行きました。近所のスーパーへの買い物だったり、どこへ行くにも一緒の「母っ子」でした。
印象的だったのは、母の笑顔です。いつでも、誰とでもニコニコと話すことができる母をうらやましく思っていました。私はシャイな性格で、母のように自然な笑顔で人と会話をすることが苦手でした。でも、母のそばにいることで、笑顔で過ごす時間が多くなっていきました。
そんな母と、その母を見て育った私が、意識して笑顔を作らなければならない状況が大学2年の冬に訪れました。私の右足に骨肉腫が見つかり、生きるためには膝から下を切断しなければならなくなったときです。母と2人、笑顔で再検査の結果を聞きに病院に行ったのを覚えています。悪い予感はもちろんありましたが、どこかで「何かの間違いでは」という期待を抱き、お互いに暗い顔は見せませんでした。