診察室の扉を開けた私たち母娘の表情を見た医師は、「前の病院でなんて聞いてきたんですか」と、あっけにとられていました。きっと、病状の深刻さをわかっていないと思ったのでしょう。もちろん、そんなわけはありませんでした。不安を打ち消すために、笑顔を作っていたのです。
その後も、実は2人で泣き合ったことがありません。母は手術で右膝下を失う私に「代われるものなら、代わってあげたい」と言い、「神様は乗り越えられない試練は与えないんだよ」と励ましてくれました。そのときも、母は淡々と語りかけていました。私が恐怖に一人で泣いたのと同じように、母も一人のときに泣いたそうです。
震災で実家が津波被害に遭ったときも、「あなたの病気のときに比べたら全然何ともない」と笑っていました。気を張っているように見えましたが、母のタフさに、私も安心できました。
困難を乗り越えるとき
闘病生活が本格化しても、意識して笑顔を心がけました。手術のことやそのためにチアリーダーの活動を休まなければならないことを仲間たちに告げるときも、「私は大丈夫。戻ってこれるように頑張るね」と、できるだけ前向きな気持ちだけを伝えました。