08年の北京五輪で日本代表を率いたがメダルを逃し、激しいバッシングを浴びた指揮官は、このままでは終われないと、還暦をすぎて中日、阪神に続く3球団目のユニホームに袖を通した。
震災後は、チームの誰もが東北を本拠地とする球団としての使命を感じて戦った。11年4月に行われた復興支援試合で、嶋捕手は「見せましょう、野球の底力を」と、スピーチで呼びかけた。試合で負けが込み、「いつになったら底力を見せるんだ」とやじられることもあったが、「試合で勝つことが一番の支援になる」と、がむしゃらに勝利を追ってきた。
文字通り逆境での「底力」を証明し、ファンとともに東北の地で日本一の栄冠をつかんだ。(SANKEI EXPRESS)