花火の季節になると、高層マンションが立ち並ぶ一角ゆえ、打ち上げた方角とは反対の側の、この3畳間の窓から花火の音が聞こえてきた。反響して跳ね返ってきた音だ。そうと知っていても私はまず「花火だ!」と奥の3畳間へ走ってゆき、でまかせの反響音だけ楽しんで、「こっちよこっち」と母に呼ばれて、玄関を出た共用の廊下の窓から顔を覗かせ、向かいのマンションの陰から微(かす)かに見え隠れする綺麗な火花と赤い硝煙を楽しんだ。
そういえば、この共用廊下の窓から私は初めて知らない人の死体を見た。飛び降り自殺をした女の人の死体で、飛び散った血よりも真っ白な肌が印象的だった。知らない人の死体が見えるところへ移り住んだのだと、その頃から、少しずつこの大通り世界で生きる覚悟を決めたのかもしれないし、それはやっぱり現在の私が作り出した改竄(かいざん)の物語なのかもしれない。(演出家 長塚圭史/SANKEI EXPRESS)
■ながつか・けいし 1975年5月9日、東京生まれ。96年、演劇プロデュースユニット「阿佐ヶ谷スパイダース」を結成。ロンドン留学を経て、新プロジェクト「葛河思潮社」を立ち上げた。今春は「あかいくらやみ~天狗党幻譚~」の作・演出を手がけ、出演も。12月8~29日、東京・Bunkamuraシアターコクーンでシェークスピアの四大悲劇の一つ「マクベス」を演出する。