もろ刃の刃だった金融工学に代わるべき「行動経済学」や「バイアスを感情に入れた経済学」や「経済物理学」も提案されてきた。けれども、またぞろネット社会が吐き出したビッグデータから確実な“読み”がほしくなっているらしい。リスクを少なくしたいからである。性懲りもない現象だ。
哲学と科学にとって最も難解なテーマは「偶然」である。ふつう、哲学も科学も「必然」を求めて、まことしやかな結論をふりかざす。「それはたまたまに起こったことです」「そりゃまぐれのおかげだね」などと言う学者なんて、相手にされるはずがない。しかし、自然と社会はいっぱいの「たまたま」と「まぐれ」に満ちたものなのだ。イアン・ハッキングが警告したように、すべての偶然を飼いならそうとしたとき、われわれは傲慢の座から墜落してしまうのだ。適当なリスクとオプションの中で、21世紀の人類は新たな学習に向かうべきなのだ。