これらは神事と密接な関係にあり、金灯籠は装着して踊り、建物をかたどった灯籠は毎年30基が作られ、大宮神社に奉納される。木や金具は一切使わず、和紙と小量の糊(のり)だけで張り合わせたその姿は精緻で軽い。柱や障子の桟まですべて中空でできているからだ。技術力が必要で、灯籠師として一人前になるには十数年の時間を要する。
≪地域の歴史感じながら 「風土」育む舞台≫
明治時代に建てられた八千代座には、回り舞台や豪華な天井絵があり、ここで芝居を楽しんできた人々の歓声が聞こえてくるようだ。それでも戦後の娯楽の変化に伴い、使われなくなってしまった八千代座。朽ちていく建物の姿に見かねた有志たちが立ち上がり、平成の大修理を経て1923(大正12)年の姿に復元され、今日、さまざまな形で活用されている。
八千代座は古くからの温泉宿場町にあり、江戸時代の建築様式を色濃く残す大浴場「さくら湯」などが残されている。山鹿地方では路地のことを「小路(しゅうじ)」と呼ぶ。その小路をたどると、人々の暮らしの痕跡が見えて散策にも楽しい。