マイルスについての本はゴマンとある。自伝もあるし、『マイルスを聴け!』の中山康樹など2010年だけで6冊も書いた。いろいろ読みながら、菊地・大谷が満を持して「モダリティ」「ミスティフィケーション」「エレガンス」の3つの窓をアフォーダンスとして縦横に裁断してみせたマイルス論が、断然に群を抜いていた。とくに菊地の用いる言葉がバップでクールでフュージョンになっていたのだ。こういう日本語でマイルスを語ることが、ずっと待望されていたものだ。
マイルスは高速の沈潜者で、才能の狩人だった。50年代前半はコルトレーンらと組み、後半はビル・エヴァンスがラヴェルやラフマニノフを持ち込んでセクステットをつくり、60年代はソニー・ロリンズ、ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーターと交えながら「黄金のクインテット」で『ネフェルティティ』などを練り上げた。70年代のエレクトリック・マイルスはスタジオ録音のたびにモダリティを変え、80年代はプリンス、チャカ・カーン、シンディ・ローパーさえ編集し、最後はヒップホップまで超ジャズにした。
こんな悩ましくて恰好いいミュージシャンには、しばらく出会えないだろう。