レーニン像はウクライナがソ連の構成共和国だった頃の1946年に設置された。長らく共産主義のシンボルとして、キエフの街に君臨し、91年の独立直後も、歴史的記念碑として価値があると判断され、取り壊しは免れていた。
しかし、この記念碑に対して、憎しみを感じる人も少なくなかった。ウクライナは第二次大戦のとき、スターリンの弾圧と当時の飢餓により、5人に1人がなくなったとされ、その後もソ連の抑圧政策により、多くの市民が苦しんだ過去を持つ。
≪「革命だ」「栄光あれ」 沸き上がる歓声≫
9年前の「オレンジ革命」の際にも、像は生き残った。しかし今回、反政権運動の高まりを受けて、ついに市民の力で葬られたのだ。
なぎ倒される様子は、地元テレビ局で生中継された。ソ連の後継国家、ロシアとの関係を重視するヤヌコビッチ大統領への強いメッセージとなったのは間違いない。
最初、私は地面に落ちた像に近づけなかった。しかし、台座のハシゴのところで理由を説明すると、若い男性が「おい、日本からのジャーナリストだ。あけろ、あけろ。ハシゴに上がらせてやってくれ」と叫び、ハシゴに上ることができた。