もちろん、それぞれの料理にこだわりはある。例えば「塩ラッキョウ カレーライス添え」は辰巳浜子の名著『料理歳時記』(2)にあった一節が起源なのだという。「ラッキョウと塩によって自然にかもし出された酸味」という文章を読んだ20歳そこそこの吉田がずっと胸にしまっていたこの料理。だが、この逃避めしのすごさは、その美しい記憶を現実が大波のように呑みこんでしまう無惨さにある。近年、彼がラッキョウを漬け始めたきっかけは「レトルトカレーのグレードアップ」のため。1キロも購入し、丁寧に皮をむき、塩水に漬けこみ作った塩ラッキョウ。それを中心に据えることで、見事にレトルトカレーがちょっとしたレトルトカレーになるではないか。果たして辰巳浜子は泣いているのだろうか? よろこんでいるのだろうか?
ちくわの穴の空虚にスピリチュアルな栄養素を発見し、「手を抜けるだけ抜くことがうまさにつながる」納豆オムレツで、プロの料理に対抗心を燃やす。主役の春キャベツを劉備玄徳とよび、引き立て役のハムは諸葛孔明と名付ける。料理の常識や良識から遠くはなれて、ひとりその台所というフィールドで真剣に遊ぶ吉田戦車。