佐世男が生涯描き続けたのは、女性だった。大正デモクラシーの時代から、インドネシアに従軍した太平洋戦争時代、戦後の民主主義の時代へと、イデオロギーが目まぐるしく変転する昭和時代を風刺画家として生きたにもかかわらず、佐世男の絵に政治的なにおいはほとんどしない。それは、作家の関心が、その時代、場所で懸命に生きる女たちのまぶしい輝きにあったからに違いない。
佐世男の名を世に知らしめたのは、30年代においても評価の高かったマンガアート誌『東京パック』に次々と掲載された、都会の最先端を生きる「モダンガール=モガ」たちのイラストだった。
23年の関東大震災後、東京は急速に大都会へと様変わりし、華やかに復興した銀座通りには、紅いルージュをキリリと引いた断髪、洋装のモガたちが登場する。実は、25年の銀座通りに洋装女性は1%しかいなかったという調査記録が残っているが、日本史上ほとんど初めて登場したショートカットの女性に驚いた当時の男たちは、モガたちの存在を過剰に描写したのだった。佐世男もその一人。彼が戦後も銀座や浅草に通い詰め、生涯華やかな女性風俗を描き続けた理由のひとつは、この時代の“モガ・ショック”にあるのではないか、とひそかに推理している。